第十一話 整備士の落書き
翌日。
アルトは放課後になると、まっすぐ倉庫へ向かった。
昨日完成した軸受けは、問題なく膝関節へ収まっている。
今日は残る魔力伝達板の交換作業だ。
『作業を開始します。』
「よし。」
アルトは装甲を外し、膝関節をさらに分解していく。
魔力伝達板は関節の奥深く。
思っていた以上に複雑な構造だった。
「これじゃ交換するだけでも一苦労だ。」
『設計上、耐久性を優先した構造です。』
「整備する人のことは考えてないな。」
『その評価は否定できません。』
思わず笑ってしまう。
◇◇◇
ボルトを一本ずつ外していく。
最後の固定具を外した、その時だった。
――カタン。
小さな金属板が床へ落ちた。
「?」
アルトは拾い上げる。
手のひらほどの薄い板。
裏側には、細い文字が刻まれていた。
「……字?」
油で黒くなった表面を布で拭く。
少しずつ文字が浮かび上がる。
《整備担当者へ》
膝関節は固着しやすい。
無理に叩くな。
固定具の裏に隠しボルトが一本ある。
先にそれを外せ。
――A・N
アルトは目を見開いた。
「A・N……。」
『前契約者、アルバン・ノーツです。』
精霊が静かに答える。
「父さん……。」
思わず胸が熱くなる。
未来の自分へ残した手紙ではない。
整備士なら誰でも困る場所だから、残しておいた注意書き。
それだけのこと。
それでも。
十年以上経った今、その言葉は確かにアルトへ届いていた。
◇◇◇
「隠しボルト……。」
アルトは教えられた場所を探る。
装甲の裏。
指先ほどの小さな穴。
「本当にあった。」
細い工具を差し込み、慎重に回す。
カチリ。
その瞬間、今までびくともしなかった部品が、するりと外れた。
「うわっ!」
『固定解除を確認しました。』
『整備時間を約三時間短縮できます。』
「三時間……。」
アルトは苦笑する。
「知らなかったら、一日中格闘してたな。」
『前契約者の経験が活かされました。』
「うん。」
アルトは金属板を大事そうに布で包み、工具箱へしまった。
「これは捨てられないな。」
◇◇◇
魔力伝達板を慎重に取り外す。
割れた板は、まるでガラスのように脆く崩れていく。
『新品は存在しません。』
「だろうな。」
アルトは机へ向かう。
設計図を広げる。
魔力伝達板は普通の金属では作れない。
内部へ魔力を通す特殊な鉱石が必要だった。
「……蒼晶石。」
『はい。』
『加工すれば製作可能です。』
アルトはポケットから、小さな蒼晶石を取り出す。
昨日まで大切に保管していた最後の一つだ。
「使うか。」
少し惜しい。
だが、迷いはなかった。
「騎士を直すために集めたんだ。」
『了承しました。』
◇◇◇
夜遅く。
旋盤とは違う、小さな研磨台の前でアルトは蒼晶石を削っていた。
ほんの少しずつ。
力を入れすぎれば砕けてしまう。
慎重に。
慎重に。
『加工率、七十%。』
精霊が静かに告げる。
アルトは額の汗を拭った。
「金属より難しいな。」
『蒼晶石は魔力の流れを維持する必要があります。』
「つまり、割ったら終わり。」
『はい。』
アルトは苦笑した。
「失敗できない仕事って、燃えるな。」
精霊は数秒沈黙し、
『契約者は困難な状況ほど意欲が向上する傾向があります。』
と、淡々と分析した。
アルトは笑いながら頷く。
「否定はしない。」
騎士はまだ立ち上がらない。
それでも、父の残した知恵と、自分の積み重ねた技術が、一歩ずつ未来へと繋がっていた。




