第十二話 初めて曲がる膝
蒼晶石の加工を始めてから三日。
アルトは学校が終わるたび倉庫へ通い、小さな研磨台へ向かっていた。
金属とは違う。
蒼晶石は削りすぎれば魔力の流れが乱れ、少し力を入れすぎれば砕けてしまう。
慎重に。
焦らず。
少しずつ。
その繰り返しだった。
『加工率、九十七%。』
精霊が静かに告げる。
アルトは手を止め、大きく息を吐いた。
「ここからが一番怖いな。」
『はい。』
『最後の仕上げは失敗率が最も高い工程です。』
アルトは苦笑する。
「そういうことは、もっと早く言ってほしい。」
『質問されませんでした。』
「……それもそうか。」
思わず笑いがこぼれた。
◇◇◇
細かな粉が机へ積もっていく。
蒼い結晶は少しずつ形を変え、薄い板へ近付いていく。
やがて。
『加工完了。』
アルトは恐る恐る持ち上げた。
光にかざす。
透き通るような青。
ひび一つない。
「できた……。」
『魔力伝達板として使用可能です。』
アルトは思わず拳を握った。
「よし!」
◇◇◇
その日のうちに交換作業へ移る。
膝関節を開き、割れた伝達板を取り外す。
代わりに、新しく作った蒼晶石の板をそっと差し込んだ。
固定具を締める。
配線を接続する。
最後に、アルバンの整備メモをもう一度見返した。
固定具を締める順番を間違えるな。
伝達板は必ず中央から固定しろ。
歪む。
「ありがとう、父さん。」
呟いてから、教えられた順番通りにボルトを締めていく。
『交換完了。』
『動作試験を開始します。』
◇◇◇
倉庫に低い駆動音が響いた。
ギ……
ギギ……
魔力が膝関節へ流れ込む。
アルトは固唾を飲んで見守った。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
騎士の右膝が曲がる。
「……!」
数センチ。
いや、それ以下かもしれない。
それでも。
確かに曲がった。
アルトは思わず駆け寄る。
「曲がった!」
『右膝関節、正常作動。』
『可動域二十八%。』
数字はまだ低い。
だが、ゼロではない。
「十分だ。」
アルトは嬉しそうに膝へ触れた。
「昨日まで動かなかった。」
「今日は動いた。」
その一言に、精霊は少しだけ沈黙した。
『契約者。』
「ん?」
『以前にも同じ発言をしました。』
「そうだった?」
『はい。』
『契約者は、昨日より今日を重視する傾向があります。』
アルトは笑った。
「昨日より前に進めたら、それでいい。」
「明日は今日より少し前に進めばいい。」
精霊は静かに頷く。
『……理解を更新しました。』
◇◇◇
帰り際。
アルトは倉庫の灯りを消す前に、もう一度だけ父の騎士を見上げた。
右腕は動く。
右手の指も握れる。
そして今日。
右膝が曲がった。
まだ立つことはできない。
歩くこともできない。
それでも。
「もう少しだ。」
その言葉には、確かな実感が込められていた。
父が守り抜いた騎士は、少しずつ、本当に少しずつ命を取り戻し始めていた。




