第十三話 立てない理由
右膝が動くようになってから二日。
アルトは授業が終わると、いつものように倉庫へ向かった。
騎士の右腕は動く。
右手も握れる。
右膝も曲がる。
今日は、その動作を繋げて確認する予定だった。
『動作試験を開始します。』
精霊の声に合わせ、アルトは操縦席の操作盤へ手を置く。
「右腕、接地。」
ギギ……
右腕が床へ手をつく。
「右膝、屈曲。」
ギ……
膝がゆっくり曲がる。
ここまでは順調だった。
「……よし。」
アルトは深呼吸する。
「少しだけ、体を起こしてみよう。」
『了解しました。』
魔力が全身へ流れる。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
騎士の上半身が持ち上がり始める。
しかし――
ガクンッ!
「うわっ!」
右へ大きく傾き、騎士はそのまま床へ崩れ落ちた。
倉庫中に鈍い音が響く。
アルトは慌てて非常停止をかける。
「大丈夫か!?」
『機体への追加損傷はありません。』
精霊は落ち着いた声で答えた。
アルトは安堵しつつも、大きく息を吐く。
「なんでだ……。」
「右腕も、右膝も動いてるのに。」
◇◇◇
精霊は機体の内部構造を空中へ映し出した。
胸部、腰部、脚部。
その中央にある一つの装置が赤く点滅している。
「これは?」
『姿勢制御装置です。』
『一般的にはバランサーと呼ばれています。』
アルトは画面を見つめた。
「腰の中にあるのか。」
『はい。』
『本機は全長十七メートル。』
『姿勢制御装置なしでは、自重を支えることができません。』
人間で言えば体幹。
どれだけ足が動いても、胴体を支えられなければ立てない。
アルトはようやく納得した。
「つまり、立てない理由はここか。」
『はい。』
『破損率、九十二%です。』
「九十二……。」
思わず苦笑する。
「また一番大事なところが壊れてる。」
◇◇◇
アルトは腰部装甲を外し始めた。
すると、中から無数の歯車と魔力回路が姿を現した。
「細かい……。」
思わず声が漏れる。
右腕や膝とは比べ物にならない複雑さだった。
『姿勢制御装置は、本機の中枢機構です。』
『各部の動きを一秒間に数百回補正しています。』
「これを父さんは整備してたのか……。」
アルトは思わず感嘆する。
父は戦うだけの騎士ではなかった。
自ら整備し、自ら調整する、本物の機械乗りだったのだ。
◇◇◇
部品を取り外そうとした、その時。
指先に紙の感触があった。
「また……?」
慎重に取り出す。
小さく折りたたまれた紙片だった。
油で汚れていたが、文字は読める。
姿勢制御は数字だけ見るな。
一番信用するのは、最後に聞こえる音だ。
歯車は正直だ。
噛み合えば静かになる。
――A・N
アルトは静かに笑った。
「父さんらしい。」
精霊が首をかしげる。
『設計図には、音で判断する工程は記載されていません。』
「だから職人なんだよ。」
昨日、ガンツが言っていた言葉を思い出す。
「機械は数字通りには動かねぇ。」
父も。
ガンツも。
同じ場所へ辿り着いていた。
アルトは紙を大切に工具箱へしまう。
「数字も大事。」
「でも最後は、自分の目と耳を信じる。」
『……記録しました。』
精霊の声は、どこか嬉しそうだった。
◇◇◇
その夜。
アルトは腰部の構造図を机いっぱいに広げていた。
歯車。
軸。
魔力回路。
姿勢制御装置は、これまでとは比べものにならない難敵だ。
それでも、不思議と恐れはなかった。
「父さん。」
「今度は、腰だ。」
「まだまだ時間はかかるけど……。」
アルトは設計図の上に鉛筆を走らせる。
新しい部品の寸法を書き込みながら、小さく笑った。
「絶対に直してみせる。」
静かな倉庫に、鉛筆の音だけが響いていた。
ブックマーク、リアクションありがとうございます。
執筆の励みになります。




