第十四話 重心
腰部姿勢制御装置の分解を始めて三日。
アルトは何度も設計図を見直していた。
歯車は欠けている。
軸は曲がっている。
魔力回路も焼き切れている。
ようやく部品の役割は理解できた。
だが、一つだけ分からないことがあった。
「どうして、こんな複雑な構造なんだ……。」
姿勢を保つだけなら、もっと簡単な機構でもいいはずだ。
設計図を眺めても答えは出ない。
アルトは鉛筆を置き、大きくため息をついた。
◇◇◇
「また難しい顔をしとるな。」
聞き慣れた声だった。
「ガンツさん。」
老人は倉庫の入口にもたれ、機体を見上げている。
「今度は腰か。」
「はい。」
「立とうとしたら転びました。」
「そりゃそうだ。」
あっさり返された。
「え?」
「脚だけ直して立てるなら、誰も苦労せん。」
ガンツは腰部の装甲を軽く叩く。
「立つってのはな。」
「脚で立つんじゃねぇ。」
「腰で立つんだ。」
アルトはその言葉を繰り返した。
「腰で……。」
◇◇◇
ガンツは倉庫の隅に転がっていた木箱を二つ持ってくる。
一つは中身が空。
もう一つには工具がぎっしり入っていた。
「持ってみろ。」
アルトは両方を持ち上げる。
「重さが全然違います。」
「だろ。」
ガンツは空箱を逆さに立てる。
ぐらりと揺れ、すぐ倒れた。
次に、工具の入った箱を立てる。
ずっしりと床を掴むように、そのまま動かない。
「重心だ。」
「……!」
「重さは邪魔じゃねぇ。」
「どこに重さがあるかが大事なんだ。」
アルトは思わず騎士を見る。
腰部。
姿勢制御装置。
すべてが一本の線で繋がった。
◇◇◇
「だから、この騎士は……。」
「腰が中心なんですね。」
「やっと分かったか。」
ガンツは少しだけ笑った。
「アルバンも、最初は同じこと言ってた。」
その一言に、アルトの動きが止まる。
「父さんも?」
「ああ。」
「腰なんか後回しでいいってな。」
「でも、一回ひっくり返って考えを変えた。」
ガンツは懐かしそうに笑う。
「それからは毎回、『腰が命だ』って口癖みたいに言っとった。」
アルトもつられて笑った。
「父さんらしい。」
◇◇◇
ガンツは帰り際、何気ない口調で言った。
「アルバンはな。」
「戦うのも強かった。」
「だが、それ以上に……。」
一瞬だけ言葉を切る。
「機械を大事にする男だった。」
それだけ言うと、老人は手をひらひら振って歩き出した。
アルトはその背中へ頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「礼なら完成してから言え。」
振り返りもせず返ってきた声に、アルトは思わず笑った。
◇◇◇
静かになった倉庫。
アルトは姿勢制御装置をもう一度見つめる。
今までは壊れた部品の集まりにしか見えなかった。
だが今は違う。
これは機体全体を支える「心臓の隣にある背骨」だ。
一本の歯車にも意味がある。
一枚の板にも役割がある。
「急がない。」
アルトは工具を手に取る。
「ここは、一番丁寧に直そう。」
『契約者。』
「ん?」
『現在の発言は、前契約者の整備記録と一致率九十一・三%です。』
アルトは驚いて笑う。
「そうか。」
「少しだけ父さんに近づけたかな。」
『はい。』
珍しく、精霊は迷いなく答えた。
『近づいています。』




