第七話 十年ぶりの一歩
翌日の放課後。
アルトはいつものように倉庫の扉を開けた。
「ただいま。」
『お帰りなさい、契約者。』
今では、このやり取りも日課になっていた。
工具箱を机へ置く。
昨日作り上げた制御部品を、そっと取り出した。
『右腕制御回路の修復を開始します。』
「了解。」
胸部装甲を開き、配線を一本ずつ確認する。
焦らない。
急げば壊す。
それは十年間で嫌というほど学んだことだった。
部品を差し込み、固定する。
最後のボルトを締め終えると、精霊が静かに告げた。
『動作試験へ移行します。』
アルトは自然と息を呑む。
右腕は父の騎士で唯一、原形を保って残っていた部分だ。
『魔力炉出力、一・二%。』
『右腕神経回路へ接続。』
コックピットの中へ低い駆動音が響く。
ギィ……
ギギ……
長い眠りから目覚めようとするような音だった。
「頼む……。」
アルトは拳を握る。
その瞬間。
騎士の右腕が、ゆっくりと持ち上がった。
「……!」
肩が動く。
肘が曲がる。
そして。
五本の指が静かに開き、再び握られた。
ほんの数秒。
たったそれだけだった。
だが。
「動いた……。」
アルトの声は震えていた。
十年間。
毎日磨き、毎日直し続けてきた父の騎士。
その腕が、ようやく意思に応えてくれたのだ。
『動作試験終了。』
『右腕制御回路、正常。』
精霊の声も、どこか穏やかだった。
「ありがとう。」
『私は何もしていません。』
「設計図を出してくれた。」
『契約精霊として当然です。』
相変わらず淡々としている。
だが、アルトには少しだけ嬉しそうに聞こえた。
◇◇◇
『契約者。』
「ん?」
『本機には自己診断機能があります。』
新たな画面が現れる。
【修復状況】
魔力炉 ■■□□□□□□□□ 12%
右腕 ■■■■□□□□□□ 42%
左腕 □□□□□□□□□□ 0%
右脚 □□□□□□□□□□ 0%
左脚 □□□□□□□□□□ 0%
装甲 ■□□□□□□□□□ 8%
総合修復率 6.4%
「まだ六%か。」
『はい。』
『歩行には総合修復率三〇%以上が必要です。』
「遠いな。」
『はい。』
即答だった。
アルトは苦笑する。
「でも。」
「昨日の六%と今日の六%じゃ違う。」
『違いますか?』
「うん。」
アルトは右腕を見上げる。
「昨日は動かなかった。」
「今日は動いた。」
「だったら、明日はもっと動く。」
精霊は静かにその言葉を記録していた。
『……学習しました。』
「何を?」
『契約者は数値ではなく、変化を重視する思考です。』
アルトは笑った。
「そんな難しい話じゃないよ。」
「少しでも前に進めたなら、それで十分なんだ。」
◇◇◇
その日の帰り道。
アルトは倉庫の前で立ち止まった。
夕日に照らされた父の騎士。
右腕だけが、ほんの少し角度を変えている。
十年前なら考えられなかった光景だった。
「父さん。」
「もう少し待ってて。」
「絶対に歩かせるから。」
その声に応えるように。
ギシッ。
右手の指先が、小さく動いた。
偶然だったのか。
それとも。
アルトには、父の騎士が笑ったように見えた。
そんな気がした。




