第五話 父の温もり
夕暮れの倉庫。
アルトは掌に乗せた蒼晶石を見つめていた。
小指の先ほどしかない、小さな青い結晶。
たったこれだけのために、八体もの角兎を倒した。
「やっと手に入ったな。」
『修復計画、第一段階を開始します。』
精霊が目の前へ立体図面を映し出す。
胸部装甲が透け、内部構造が表示された。
その中心。
黒く沈黙した魔力炉が映し出される。
『蒼晶石は魔力炉の補助触媒として使用します。』
「補助?」
『本来の炉心は完全には失われていません。』
『しかし、起動するだけの魔力循環が構築できていない状態です。』
「つまり。」
「呼び水みたいなものか。」
『その認識で問題ありません。』
アルトは思わず笑う。
「整備書の知識が役に立った。」
『はい。』
『契約者は理解速度が速いです。』
「褒めた?」
『事実です。』
最近、精霊の「事実です」は褒め言葉なのだと分かってきた。
◇◇◇
工具を並べる。
十年間、大切に集めてきたものばかりだ。
父が使っていたスパナ。
錆を落として使えるようにしたレンチ。
街の鍛冶屋で少しずつ買い揃えた魔導工具。
どれも高価ではない。
だが、アルトにとっては宝物だった。
『胸部整備ハッチを開放してください。』
「了解。」
ボルトを一本ずつ外していく。
慌てない。
力任せにしない。
父から直接教わったことはない。
それでも、本を読み、整備士たちの仕事を遠くから見て覚えた。
ハッチがゆっくりと開く。
「……。」
中には黒く焼け焦げた魔力炉。
思っていた以上に傷んでいた。
『炉心は生きています。』
『破損率、七十四%。』
「これで生きてるって言うのか。」
『奇跡的に。』
アルトは慎重に魔力炉の表面を磨く。
煤を落とし、焦げ付いた魔力回路を一本ずつ確認する。
『蒼晶石を。』
「ここだな。」
中央の窪みへ結晶をはめ込む。
かちり。
乾いた音が響いた。
『魔力循環を開始します。』
精霊の声と同時に、蒼晶石が淡く輝き始めた。
青い光が回路を流れる。
一筋。
また一筋。
止まっていた魔力が、ゆっくりと全身へ広がっていく。
そして。
ドクン。
鼓動のような音が響いた。
アルトは息を呑む。
もう一度。
ドクン。
ドクン。
止まっていた心臓が、ゆっくりと脈を打ち始めるようだった。
『魔力炉。』
『出力一・二%。』
数字は小さい。
それでも。
「動いた……。」
十年間、何をしても反応しなかった魔力炉が、確かに目を覚ました。
◇◇◇
その時だった。
コックピット中央の水晶が淡く光る。
「ん?」
『未再生データを検出しました。』
「父さん?」
『前契約者から保存された記録です。』
映像が映し出される。
まだ若いアルバン・ノーツ。
油で汚れた作業着姿だった。
『……未来の契約者へ。』
少し照れくさそうに笑っている。
『もしこの記録を見ているなら、この子はまた動き始めたんだろう。』
アルトは思わず前のめりになる。
『この子はな。』
『壊れても、何度でも立ち上がる。』
『だから無茶はするな。』
『ちゃんと整備して、ちゃんと飯を食え。』
『騎士も人も、それが一番長持ちする。』
最後に、優しく笑う。
『頼んだぞ。』
そこで映像は終わった。
アルトはしばらく動けなかった。
「父さん……。」
たった数十秒。
それだけだった。
でも。
もう二度と聞けないと思っていた父の声だった。
『良い前契約者でした。』
精霊が静かに呟く。
アルトは袖で目元を拭き、小さく笑った。
「うん。」
「自慢の父さんだ。」
◇◇◇
『修復結果を報告します。』
精霊の声にアルトは振り返る。
魔力炉出力 一・二%。
内部電源 安定。
神経回路 一部復旧。
「神経回路?」
『動作確認を行います。』
倉庫に静寂が訪れる。
数秒後。
ギギ……。
鈍い金属音が響いた。
アルトは目を見開く。
騎士の右手。
失われずに残っていた五本の指。
その人差し指が、ほんのわずかに動いた。
たった、それだけ。
ほんの数センチ。
それでも。
「動いた……。」
アルトは震える声で呟く。
『第一段階修復、完了。』
『次は右腕の制御回路を修復します。』
アルトは大きく頷いた。
「ああ。」
「ここからだ。」
父が守った騎士は、十年ぶりに確かな意思を持って、未来へ向かって歩き始めようとしていた。




