第四話 父とは違う
それから三日が過ぎた。
放課後になると、アルトは毎日のように東の森へ向かっていた。
『反応を確認。』
(三時の方向。)
『正解です。』
精神リンクを通して交わす会話にも、少しずつ慣れてきた。
角兎の動きも読めるようになっている。
「はっ!」
横へ踏み込み、一閃。
角兎は悲鳴を上げる間もなく倒れた。
『討伐を確認しました。』
「よし。」
四体目だった。
初日にはあれほど苦戦した相手を、今では落ち着いて倒せるようになっている。
アルトはナイフを抜いた。
「頼むぞ……。」
慎重に解体していく。
心臓の裏。
魔力の集まる器官。
指先で探る。
しかし。
「……ない。」
『確認しました。』
『蒼晶石は存在しません。』
アルトは天を仰いだ。
「また外れか。」
『現在の討伐数、四体。』
『統計上、採取できない可能性は七一・六%です。』
「計算しなくていい。」
『失礼しました。』
謝っているのかどうか分からない口調だった。
アルトは思わず笑ってしまう。
「いや、ありがとう。」
◇◇◇
さらに二日。
討伐数は七体になった。
それでも蒼晶石は一つも出ない。
倉庫へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
アルトは騎士の足元へ腰を下ろす。
「今日は疲れた……。」
『お疲れ様です。』
「励ましてる?」
『事実を述べています。』
「そっか。」
苦笑しながら、いつものように雑巾を取り出す。
脚部を磨き始める。
十年間続けてきた日課。
素材が見つからない日でも、これだけは欠かしたことがない。
精霊はその様子を静かに見つめていた。
『契約者。』
「ん?」
『戦闘記録を閲覧しますか。』
「父さんの?」
『はい。』
「見たい。」
精霊が指を軽く振る。
コックピットの上空へ、青白い映像が映し出された。
荒野。
無数の魔物。
その中心で、一騎の騎士が大剣を構えている。
「……。」
アルトは息を呑んだ。
巨大な魔物が飛び掛かる。
騎士は一歩踏み込む。
次の瞬間。
轟音。
大剣が一閃しただけで、魔物の巨体が真っ二つになった。
さらに二体。
三体。
圧倒的だった。
「すごい……。」
『前契約者アルバン・ノーツ。』
『近接戦闘を主体とする戦闘スタイルです。』
映像はまだ続く。
重い一撃。
豪快な踏み込み。
正面から敵をねじ伏せる戦い方。
まさに英雄だった。
アルトはしばらく見入っていた。
やがて、小さく笑う。
「俺には無理だな。」
『はい。』
迷いのない返事だった。
「即答か。」
『前契約者は卓越した身体能力と魔力量を有していました。』
『契約者アルト・ノーツが同じ戦闘方法を選択した場合、期待戦果は著しく低下します。』
「だよな。」
悔しくはなかった。
父は父。
自分は自分。
それはずっと分かっていた。
アルトは騎士を見上げる。
右腕を失い。
脚は崩れ。
今にも倒れそうな父の愛機。
その姿を見ながら、ぽつりと呟いた。
「でも。」
「父さんと同じになる必要はないよな。」
精霊は静かにアルトを見る。
『質問の意図を確認できません。』
「俺、昔から整備する方が好きだった。」
「武器を見るのも好きだし、仕組みを考えるのも好き。」
「だったらさ。」
アルトは騎士の装甲へそっと手を置いた。
「俺が一番戦いやすいように作り替えればいい。」
静寂が流れる。
精霊は数秒間、何も答えなかった。
やがて。
『設計思想の変更を確認。』
目の前へ新たな画面が開く。
【機体運用方針】
標準戦闘仕様 終了
個体最適化計画 開始
対象契約者:アルト・ノーツ
アルトは思わず目を丸くする。
「そんなことまでできるのか?」
『可能です。』
『本機は契約者ごとに最適化する設計思想で開発されています。』
『前契約者の仕様は、アルバン・ノーツ専用です。』
アルトは画面を見つめたまま、小さく笑った。
「じゃあ。」
「父さんを真似するんじゃない。」
「俺だけの騎士を作ろう。」
精霊は静かに頷いた。
『了承しました。』
『契約者専用機体への改修計画を開始します。』
その瞬間。
アルトの胸は、不思議と高鳴っていた。
◇◇◇
翌日。
八体目の角兎を倒す。
もう動きに迷いはない。
解体にも慣れ始めていた。
『心臓の後方です。』
「分かってる。」
慎重にナイフを入れる。
指先に、硬い感触が伝わった。
「……!」
取り出した掌の上で、小さな蒼い結晶が夕日に照らされて輝く。
『蒼晶石を確認しました。』
精霊の声が、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた。
『修復計画、第一段階へ移行します。』
アルトは結晶を強く握りしめる。
「父さん。」
「やっと、スタートラインだ。」
蒼い結晶は、まるでこれから始まる未来を祝福するように、静かに輝いていた。




