第三話 最初の一歩
翌朝。
アルトがコックピットへ乗り込むと、計器盤が淡く光を放った。
『おはようございます。契約者。』
「おはよう。」
昨日までは返事など返ってこなかった場所だ。
それだけで少し嬉しくなる。
「今日は素材集めだったな。」
『その前に、一つ説明があります。』
「説明?」
精霊が小さく頷く。
『昨日、契約が正式に成立しました。』
『それに伴い、契約者との精神リンクを構築します。』
「精神リンク?」
『私と契約者は、思考を介した会話が可能になります。』
アルトが目を丸くする。
「つまり、離れてても話せる?」
『はい。』
『現在の通信可能距離は約三キロメートルです。』
「結構遠いな。」
『現在は魔力炉が停止しているため最低限の通信能力です。』
『本機の修復率が向上すれば、通信距離も延長されます。』
「なるほど。」
アルトは腕を組む。
「じゃあ森へ行っても相談できるわけか。」
『はい。』
『ただし、通信距離を超えた場合はリンクが切断されます。』
「分かった。」
『なお。』
『私の姿は本機の外へ顕現できません。』
「少し残念だな。」
『私も同意します。』
少しだけ間を置いて返ってきた返事に、アルトは思わず笑った。
「冗談、分かるようになった?」
『学習しました。』
「早いな。」
◇◇◇
「アルト!」
教室に入った瞬間、セレスの声が飛んできた。
「今日は授業中に寝ないでください。」
「努力する。」
「努力じゃなくて寝ないでください!」
昨日と同じやり取りだった。
教師が入ってきて授業が始まる。
アルトは必死に目を開ける。
(寝るな……。)
(寝るな……。)
昨夜は修理計画を考えていたせいで睡眠不足だった。
『契約者。』
(なに?)
『眠気により集中力が著しく低下しています。』
(分かってる。)
『あと十二秒で睡眠へ移行します。』
(そんな予測までできるの?)
『十一。』
(やめろ。)
『十。』
「アルト。」
教師の声だった。
「立て。」
「はい。」
「眠いなら廊下で目を覚ましてこい。」
教室中が笑いに包まれる。
セレスは深いため息をついていた。
『予測通りでした。』
(慰めろよ。)
◇◇◇
放課後。
アルトは街の東にある森へ向かっていた。
『角兎は危険度E級魔物です。』
『一般的には新人冒険者が最初に討伐する相手です。』
「一般的には、な。」
アルトは苦笑する。
彼は冒険者でも騎士でもない。
ただの学生だ。
『反応を確認。』
(どこ?)
『正面二十八メートル。』
茂みが揺れる。
白い影が飛び出した。
「速い!」
角兎が一直線に突っ込んでくる。
アルトは慌てて横へ飛ぶ。
地面を転がり、その勢いのまま立ち上がる。
『右から来ます。』
(分かった!)
振り向きざまに剣を振る。
金属音。
角が剣を弾いた。
腕が痺れる。
「くっ……!」
『落ち着いてください。』
『相手は一直線にしか突撃できません。』
(なるほど!)
アルトは深呼吸する。
角兎が再び距離を取る。
そして突進。
今度は直前まで引き付けた。
一歩だけ横へ。
勢い余った角兎が通り過ぎる。
「そこだ!」
剣を振り下ろす。
鋭い一撃が首元へ決まった。
角兎が地面へ倒れる。
『討伐を確認しました。』
「はぁ……。」
アルトはその場へ座り込んだ。
「E級でこれか。」
『初戦としては十分な結果です。』
「ありがとう。」
『事実を述べています。』
少しだけ照れくさい。
◇◇◇
『では解体します。』
「いよいよか。」
精霊の指示に従い、慎重にナイフを動かす。
『心臓の後方です。』
『そこを傷付けないように。』
アルトはゆっくり手を入れる。
探る。
探る。
何もない。
「……あれ?」
『ありません。』
「本当に?」
『はい。』
もう一度確認する。
やはりない。
アルトは空を見上げた。
「外したか。」
『蒼晶石の出現率は約八%です。』
『珍しいことではありません。』
「そうだよな。」
落胆はした。
だが、不思議と諦める気にはならなかった。
「父さんだって、一日で何でもできたわけじゃない。」
『記録を検索します。』
少し間を置いて、精霊が答える。
『前契約者アルバン・ノーツも、初任務では三日間成果がありませんでした。』
アルトは思わず笑った。
「そうか。」
「じゃあ、まだ父さんと同じだ。」
角兎を埋葬し、剣を納める。
夕日を背に歩き出す。
『明日も来ますか?』
「もちろん。」
「一歩ずつだ。」
その手に蒼晶石はない。
それでもアルトの足取りは、昨日より少しだけ力強かった。




