第二話 契約精霊
蒼い光が、静かなコックピットを満たしていく。
暗闇だった計器盤は次々と光を灯し、十年間眠り続けていた機械が、小さく息を吹き返すような音を立てた。
『──契約継承を開始します。』
アルトは思わず立ち上がろうとして、頭を天井へぶつけた。
「いった……!」
その音が消えるのを待っていたかのように、目の前へ一筋の光が浮かび上がる。
光はゆっくりと人の形を取り、小柄な少女の姿となった。
透き通るような銀色の髪。
白い衣。
感情をほとんど感じさせない蒼い瞳。
年齢にすれば十歳ほどに見えるが、その存在感は人とはまったく違っていた。
『初めまして。』
『私は本機を管理する契約精霊です。』
「……精霊?」
『はい。』
「父さんの騎士に宿っていた?」
『正確には、本機の建造時より管理を担当しております。』
アルトはしばらく口を開けたまま固まっていた。
「夢じゃないよな?」
『現在の状況を分析する限り、その可能性は極めて低いと判断します。』
「だよなぁ……。」
頬をつねる。
痛い。
どうやら本当に現実らしい。
アルトは改めて周囲を見回した。
計器は動いている。
魔力計も光っている。
しかし──。
「それで、動くのか?」
『いいえ。』
即答だった。
目の前へ青白い立体映像が映し出される。
機体状態
右腕 欠損
左脚 大破
魔力炉 停止
魔力回路 断線率七二%
各関節 固着
戦闘能力 〇・八%
アルトは映像を見つめたまま固まる。
「……ひどい。」
『はい。』
「これ、本当に騎士?」
『騎士です。』
「ほぼ鉄くずじゃない?」
『現状では、その認識に近い状態です。』
真顔で返され、思わず苦笑した。
「じゃあ、どうして起動したんだ?」
『契約条件を満たしたためです。』
「契約条件?」
『はい。』
精霊はアルトを見つめる。
『まず、前契約者アルバン・ノーツ様の血統であること。』
「やっぱり父さんか。」
『しかし、それだけでは契約は成立しません。』
アルトは首をかしげた。
『本機は契約者の資質を確認します。』
『そのため、休眠中も最低限の記録機能のみ稼働していました。』
「記録……?」
次の瞬間。
目の前へ無数の文字が浮かび上がる。
整備履歴
外装清掃 三一五二回
簡易補修 九四七回
腐食除去 八二一回
魔力回路修繕 二三六回
部品交換 四十八回
「え……。」
アルトは思わず息を呑んだ。
『五歳。』
『初めて本機を訪問。』
『六歳。』
『外装清掃開始。』
『九歳。』
『整備書籍による独学を確認。』
『十一歳。』
『簡易修復を開始。』
『十三歳。』
『初めて魔導工具を使用。』
『十五歳。』
『コックピットへ搭乗。』
一つひとつ。
十年間の記録が静かに読み上げられていく。
アルトは呆然とその光景を見つめた。
「全部……見てたのか?」
『記録していました。』
『私は休眠していましたが、本機はあなたの行動を忘れてはいません。』
胸の奥が熱くなる。
五歳の頃。
父を失い、泣きながらこの騎士へ抱きついた日。
毎日「また来たよ」と話しかけたこと。
雑巾を持って掃除を始めたこと。
工具を握れるようになって、少しだけ錆を落とせた日。
誰にも見られなかった十年間。
誰にも褒められなかった十年間。
そのすべてを、この騎士だけは覚えていた。
精霊は静かに告げる。
『契約者適性を再判定します。』
コックピット全体が淡く輝いた。
血統認証 適合
操縦適性 適合
機体維持実績 適合
精神適性 適合
総合適性 九九・一%
契約成立
精霊は深く一礼する。
『アルト・ノーツ。』
『あなたこそ、本機が待ち続けた契約者です。』
アルトは思わず笑ってしまった。
「父さんの息子だからじゃないんだな。」
『血統だけでは契約は成立しません。』
『あなたが十年間、本機を守り続けたからです。』
その言葉に、アルトは静かに目を閉じた。
「……そうか。」
十年間。
無駄じゃなかった。
父の形見を守り続けた時間は、ちゃんと意味があったのだ。
精霊は設計図を表示する。
『それでは、修復計画を開始します。』
「修復?」
『はい。』
『現状では歩行も不可能です。』
『まずは魔力炉を再起動してください。』
「俺が?」
『はい。』
「専門家じゃないぞ。」
『十年間で基礎整備技術は十分習得しています。』
「そこまで分かるのか。」
『確認済みです。』
アルトは頭をかきながら笑った。
「……仕方ない。」
「父さん。」
「もう一度、一緒に歩こう。」
精霊は小さく頷く。
『修復に必要な最初の素材を表示します。』
空中へ一枚の地図が映し出された。
街の東に広がる森。
その一点が赤く点滅する。
『《蒼晶石》を採取してください。』
『角兎の体内から、ごく稀に得られる魔力結晶です。』
アルトは地図を見つめ、小さく息を吐いた。
「つまり……魔物狩りか。」
『はい。』
『明日から忙しくなります。』
その言葉に、アルトは少しだけ笑った。
十年間止まっていた時間は、ようやく未来へ向かって動き始めたのだった。




