第一話 父の遺したもの
人類は、その生息域を広げるため、意思疎通のできない魔物たちとの戦いを続けていた。
人が切り拓いた土地の外は、魔物たちの世界。
だからこそ最前線には、城壁を備えた辺境都市が築かれ、その街には必ず代官と守備隊が置かれる。
そして――騎士。
全高十七メートル。
魔導技術によって造られた人型戦闘兵器。
一騎造るだけで莫大な費用がかかり、維持費も膨大。さらに操縦には高い適性が必要なため、辺境都市でも保有できるのは数騎程度だった。
大型魔物やスタンピードでも起きない限り、騎士が動くことはない。
それほど特別な存在だった。
◇◇◇
「アルト!」
教室に鋭い声が響く。
窓際の最後列。
机に突っ伏して眠っていた少年が、ゆっくり顔を上げた。
「……終わった?」
「終わっていません!」
立ち上がっていたのは、銀色の長い髪を揺らす少女。
セレス・エルピス。
この街の孤児院で育ちながら、学年首席を維持する優等生だった。
魔法、剣術、座学。
どれを取っても一位。
教師からの信頼も厚い。
「授業中に寝るなんて、何度目ですか!」
「数えてないなぁ。」
「訓練も真面目にやらない、授業も聞かない。それで代官家の一員なんですか?」
教室が静まり返る。
アルトは困ったように笑った。
「一員っていうか……養子だけどね。」
その一言で空気が少しだけ重くなる。
セレスも言葉を詰まらせた。
教師が咳払いをする。
「セレス、そこまでだ。」
「……申し訳ありません。」
「アルト。」
「はい。」
「放課後、木剣の素振り三百回。」
「増えてません?」
「寝ていた罰だ。」
「ですよねぇ……。」
教室に小さな笑いが起きる。
そんな中、後ろの席から小声が聞こえた。
「どうせやる気ないんだろ。」
「代官様に拾ってもらったのに。」
「本当にごくつぶしだよな。」
アルトは何も言わなかった。
いつものことだった。
◇◇◇
放課後。
校庭で一人、木剣を振る。
一。
二。
三。
黙々と振る。
誰も見ていない。
教師も途中で職員室へ戻っていた。
それでもアルトは最後まで振り続けた。
三百回。
木剣を片付ける頃には、夕焼けが街を赤く染めていた。
「……帰るか。」
◇◇◇
市場を抜ける。
「アルト坊ちゃん。」
パン屋の女将が声を掛けた。
「また売れ残りだけどね。」
「助かるよ。」
硬くなったパンを数枚受け取る。
「ちゃんと食べるんだよ。」
「うん。」
次は肉屋。
骨の多い端肉を安く分けてもらう。
最後は鍛冶屋。
捨てる予定だった小さな鉄片を譲ってもらう。
「またガラクタ集めか?」
「まあね。」
アルトは笑った。
◇◇◇
街外れ。
人が近寄らなくなった古い倉庫。
錆びた扉を押し開ける。
重たい音が響く。
薄暗い室内に、巨大な影が立っていた。
全高十七メートル。
かつて辺境最強と呼ばれた騎士。
しかし今は、
右腕は失われ、
胸部は大きく裂け、
左脚は途中から崩れ、
全身が焼け焦げた鉄塊だった。
十年前。
スタンピードで街を守り抜き、父アルバン・ノーツとともに帰還した姿である。
誰もが修理不能と判断した。
価値のない鉄くず。
廃騎士。
そう呼ばれていた。
アルトは工具箱を開く。
「今日も頼むよ。」
返事はない。
毎日少しずつ。
ネジを締め、
配線を磨き、
魔力回路をつなぎ直す。
十年間、欠かしたことはなかった。
誰に命じられたわけでもない。
誰に期待されたわけでもない。
それでも、いつか動くと信じて。
「今日はコックピットも掃除するか。」
整備用ロープを伝い、胸部ハッチへ登る。
中は薄暗く、埃が積もっていた。
アルトは布で計器盤を拭き、ゆっくり操縦席へ腰を下ろす。
「父さんは、ここから街を守ってたんだよな……。」
その瞬間。
――カチリ。
静まり返った倉庫に、小さな機械音が響いた。
アルトは顔を上げる。
消えていた計器が、一つ、また一つと淡い蒼色に灯っていく。
『──生体情報を確認。』
「……え?」
『適合者を確認しました。』
心臓が大きく脈打つ。
『前契約者アルバン・ノーツの血統を照合。』
『契約継承を開始します。』
倉庫中の魔力が静かに震え始めた。
十年間、誰も目覚めさせることのできなかった廃騎士が、今、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。
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