第三十六話 隠されていた姿
戦場。
名もなき騎士の前に、一人の少女が立っていた。
「騎士さん。」
セレスは杖を握る。
「私も戦います。」
アルトは操縦席で息を止めた。
「……駄目です。」
「ここは危険すぎる。」
「だからです。」
セレスは迷わず答えた。
「あなたが危険だから。」
その言葉に。
アルトの指が止まる。
「私は。」
「あなたが誰なのか知りません。」
「どうしてここで戦っているのかも分かりません。」
セレスは騎士を見上げる。
「でも。」
「あなたは、ずっと一人で戦っていた。」
アルトは目を伏せる。
否定できなかった。
◇◇◇
その時。
地面が大きく揺れた。
遠くから響く咆哮。
森の奥。
大量の魔力反応。
『警告。』
『後続魔物群、接近。』
精霊の声が響く。
『第二波と判断します。』
アルトは前を見る。
「もう来たか……。」
大型魔物を倒したことで時間は稼げた。
だが。
スタンピードは終わっていない。
むしろ。
ここからが本当の戦いだった。
『現在魔力残量。』
『通常戦闘可能時間、約二十分。』
『大型個体対応の場合、約五分。』
アルトは苦笑する。
「厳しいな。」
『肯定します。』
精霊の返答。
いつも通り淡々としている。
しかし。
アルトには分かった。
この精霊もまた。
限界を理解している。
◇◇◇
セレスが魔法を放つ。
迫る魔物を押し返す。
しかし。
「……。」
足元がふらつく。
「セレス!」
アルトが叫ぶ。
「下がってください!」
「嫌です。」
即答だった。
「なぜ……。」
「あなたも下がらないからです。」
言葉に詰まる。
「あなたは。」
セレスは前を見る。
「自分だけが傷つけばいいと思っている。」
「でも。」
「守るって、そういうことじゃないと思います。」
◇◇◇
次の瞬間。
大型魔物の咆哮。
第二波の先頭。
巨大な影が迫る。
アルトは剣を構える。
しかし。
『警告。』
『機体出力低下。』
『魔力不足。』
機体の動きが鈍る。
このままでは。
セレスを守りながら戦えない。
『提案があります。』
精霊が告げる。
「何だ。」
『彼女を機体内部へ収容してください。』
アルトは目を見開く。
「……。」
『精神リンク適性を確認。』
『共同戦闘による魔力効率向上が可能です。』
「でも……。」
アルトは迷う。
正体が知られる。
今まで守ってきた秘密が崩れる。
『認識阻害術式を維持する余裕はありません。』
精霊の言葉。
現実だった。
今優先するべきもの。
それは。
街を守ること。
目の前の命を守ること。
「……分かった。」
◇◇◇
アルトは通信を開く。
「騎士から聞こえますか。」
「はい。」
「中へ。」
セレスが驚く。
「え?」
「操縦席へ来てください。」
「でも……。」
「時間がありません。」
声に余裕はない。
でも。
初めてだった。
この騎士が。
誰かに頼っている。
「……頼みます。」
その一言に。
セレスは目を見開いた。
◇◇◇
コックピット。
セレスが乗り込む。
「……。」
狭い。
古い。
最新の騎士とは違う。
けれど。
そこには。
誰かが大切に使ってきた時間があった。
「ここで……。」
セレスが呟く。
「あなたはずっと戦っていたんですね。」
アルトは答えない。
答えられない。
認識阻害術式。
最後の魔力が消える。
淡い光が消えていく。
◇◇◇
セレスは隣を見る。
そして。
息を止めた。
「……。」
そこにいたのは。
知らない騎士ではなかった。
見慣れた少年。
いつも無愛想で。
何を考えているか分からなくて。
でも。
誰よりも優しかった。
「……アルト?」
アルトの肩が揺れる。
返事ができない。
「違う……。」
セレスは小さく首を振る。
「そんな……。」
でも。
分かってしまった。
声。
仕草。
そして。
今まで見てきた全て。
「あなたが……。」
「ずっと、この騎士だったの?」
アルトは目を伏せる。
「……。」
否定できなかった。
◇◇◇
警告音が響く。
『魔物群、接近。』
現実が二人を引き戻す。
アルトは操縦桿を握る。
「セレス。」
「はい。」
「怖いなら――」
「怖いです。」
セレスは即答した。
アルトが少し驚く。
「でも。」
セレスは前を見る。
「あなたが一人じゃないなら。」
「私もここにいます。」
アルトは小さく息を吐く。
「……頼む。」
「はい。」
少女の魔力が流れ込む。
古びた騎士が。
再び立ち上がる。
今まで一人だった騎士は。
初めて。
隣に立つ存在を得た。




