第三十五話 残された守護者
大型魔物が倒れる。
巨大な身体が地面へ沈み、その衝撃が大地を揺らした。
戦場に。
一瞬だけ静寂が訪れる。
「……。」
誰も声を出せなかった。
あれほど絶望的だった存在を。
たった一機の騎士が倒した。
「倒した……のか?」
「十年前の災厄級を……?」
兵士たちの間に、わずかな希望が生まれる。
しかし。
騎士隊長だけは表情を緩めなかった。
「違う。」
「まだ終わっていない。」
◇◇◇
操縦席。
アルトは荒い息を吐いていた。
『警告。』
『機体損傷率、上昇。』
『魔力炉出力低下。』
「……。」
大型魔物を倒した。
だが。
父の騎士も限界に近づいている。
装甲の一部は破損。
左腕の駆動も不安定。
剣を握る手に違和感がある。
『戦闘継続は危険です。』
「分かってる。」
アルトは遠くを見る。
森。
その奥。
まだ魔力反応が続いている。
『後続魔物群を確認。』
「数は?」
『推定不能。』
アルトは静かに息を吐いた。
終わっていない。
むしろ。
これからが本番だった。
◇◇◇
代官は決断した。
「今しかない。」
騎士団長が顔を上げる。
「しかし、この街を……。」
「分かっている。」
代官は拳を握る。
長く守ってきた街。
先祖から受け継いだ土地。
それを捨てる判断。
苦しくないはずがない。
だが。
「街は作り直せる。」
「命を失えば、何も残らない。」
避難命令が出された。
◇◇◇
街中。
鐘が鳴り響く。
「避難してください!」
「南門へ!」
住民たちが動き始める。
老人。
子供。
家族。
不安を抱えながら、それでも歩く。
◇◇◇
「セレス姉ちゃん!」
孤児院の子供が、戻ってきたセレスの服を掴んだ。
「怖いよ……。」
セレスはしゃがみ込み、優しく頭を撫でる。
「大丈夫。」
「ちゃんと逃げられるから。」
「セレス姉ちゃんは?」
一瞬。
言葉が詰まる。
「私は……。」
セレスは街の外を見る。
そこには。
一人で戦っている騎士がいる。
「……。」
子供を安心させるように笑う。
「大丈夫。」
「セレス姉ちゃんは、みんなを守るから。」
◇◇◇
避難列が進む。
しかし。
セレスの足は止まった。
あの騎士。
まだ戦っている。
誰にも名前を知られず。
誰にも感謝されることなく。
ただ。
この街を守るために。
「……。」
怖くないわけじゃない。
自分が行って何ができるか分からない。
でも。
「あの人を。」
「一人にしたくない。」
◇◇◇
戦場。
アルトは再び剣を構える。
残された時間。
避難完了まで。
約三十分。
「三十分か。」
精霊が告げる。
『現在戦力では、長時間維持は困難です。』
「なら。」
アルトは操縦桿を握る。
「三十分だけ守る。」
その時。
『魔力反応。』
「敵か?」
『違います。』
『先ほど支援を行った少女です。』
アルトの動きが止まる。
「……セレス。」
◇◇◇
街の外れ。
少女が一人。
こちらへ向かってくる。
「騎士さん!」
アルトは息を飲む。
どうして。
来るな。
そう言いたい。
でも。
声にできるのは。
機械越しの言葉だけ。
「来るな。」
セレスは立ち止まる。
「……。」
「危険です。」
「私一人で十分です。」
冷たい機械音。
けれど。
セレスには分かった。
拒絶ではない。
心配している声だ。
「違います。」
セレスは首を振る。
「あなたは一人じゃありません。」
アルトの手が止まる。
「私は。」
セレスは杖を握る。
「あなたを助けに来ました。」
◇◇◇
遠く。
森の奥。
魔物たちが動き始める。
第一波を超える数。
第二波。
そして。
最後の災厄。
まだ来ていない。
だが。
二人はもう。
同じ戦場に立っていた。




