第三十二話 それぞれの覚悟
辺境の街に、警戒鐘が鳴り響いた。
普段なら人々に時を知らせる鐘。
しかし。
その音を聞いた者たちは、すぐに意味を理解した。
これは。
危険を知らせる鐘だ。
「魔物が……?」
「森で何か起きているらしい。」
「また、十年前みたいなことが……。」
街には不安が広がっていく。
誰もが思い出していた。
十年前。
大量の魔物が押し寄せた日を。
◇◇◇
代官屋敷。
緊急会議が開かれていた。
「現在確認されている魔物数は?」
「千を超えています。」
報告を聞き、部屋の空気が重くなる。
「……。」
「十年前と比べると?」
騎士団長は少し間を置いた。
「同規模の可能性があります。」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
スタンピード。
魔物の大規模侵攻。
一度起きれば、小さな辺境都市では耐えきれない。
「避難計画を準備する。」
代官は苦しい表情で告げる。
「まずは住民の安全を優先する。」
街を守る責任。
そして。
人命を守る責任。
どちらも代官の役目だった。
◇◇◇
学園。
緊急連絡を受けた生徒たちが集められていた。
「魔物の増加に伴い、防衛支援を行います。」
教師が説明する。
「戦闘能力を持つ者は協力してください。」
名前が呼ばれていく。
「セレス・エルピス。」
「はい。」
セレスは前へ出た。
周囲がざわめく。
当然だった。
彼女の能力なら、戦力として期待される。
「無理はするなよ。」
教師が声をかける。
「はい。」
セレスは頷いた。
怖くないわけではない。
でも。
自分にできることがあるなら。
逃げるだけにはなりたくなかった。
◇◇◇
その様子を。
アルトは少し離れた場所から見ていた。
自分の名前は呼ばれない。
当然だ。
騎士資格もない。
特別な魔法もない。
周囲から見れば。
ただの代官家の養子。
三男として置かれているだけの存在。
「……。」
少しだけ胸が痛む。
だが。
今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
◇◇◇
放課後。
校舎の外。
セレスと偶然顔を合わせる。
「アルト。」
「何?」
「あなたは?」
アルトは首を傾げる。
「何が?」
「防衛支援。」
「参加するの?」
アルトは少し黙った。
「……分からない。」
セレスは意外そうな顔をする。
「珍しい。」
「あなたなら、いつもなら何か言い返してくると思った。」
「俺を何だと思ってるんだよ。」
「面倒な人。」
「即答かよ。」
少しだけ空気が緩む。
しかし。
セレスは真剣な表情になる。
「でも。」
「あなた、何か知っているんじゃない?」
アルトは目を逸らす。
「どうしてそう思う。」
「最近ずっと森を見ているから。」
「魔物の話を聞くたびに、顔が変わるから。」
アルトは驚いた。
セレスは思った以上に人を見ている。
「……ただの勘だ。」
「そう。」
セレスはそれ以上聞かなかった。
そして。
「気を付けて。」
小さく言った。
アルトは少し驚く。
「俺が?」
「誰でも。」
「この街にいる人、全員。」
そう言ってセレスは去っていった。
◇◇◇
夜。
倉庫。
アルトは父の騎士の前に立っていた。
装甲確認。
魔力炉確認。
武器確認。
できることは全てやった。
『戦力差を再計算します。』
精霊の声。
『予測される敵戦力との差は大きいです。』
「だろうな。」
『推奨行動は撤退です。』
アルトは静かに首を振る。
「できない。」
『理由を確認します。』
アルトは騎士を見る。
「父さんが守った街だから。」
少し間を置く。
「それだけじゃない。」
孤児院。
ガンツ。
学園。
そして。
セレス。
「俺が知っている人たちがいる。」
『……。』
「だから。」
操縦席へ向かう。
「逃げない。」
◇◇◇
同じ頃。
街の外。
森の奥。
魔物たちが動き始めていた。
数百。
数千。
地響きのような足音。
その先頭。
巨大な影がゆっくり進む。
十年前。
アルバン・ノーツが命を懸けて戦った災厄。
その再来。
スタンピードは。
もう止められないところまで来ていた。




