第三十一話 増え続ける影
夜の森。
一本の木が倒れた。
正確には。
十七メートルの騎士が、巨大な魔物を押し倒した音だった。
『討伐完了。』
精霊の声。
アルトは操縦席で息を吐く。
「……またか。」
目の前には、倒れた魔物。
オーク種。
数日前までは、この辺りにはいなかったはずの魔物だ。
「森の奥から来てる。」
『肯定します。』
精霊が答える。
『魔物の移動傾向を確認。』
『通常の縄張り行動とは異なります。』
アルトは眉をひそめた。
「逃げてる?」
『可能性が高いです。』
その言葉が重く響く。
◇◇◇
ここ数日。
アルトは毎晩、騎士に乗っていた。
街へ近づく魔物を倒すため。
最初は偶然だと思った。
一匹。
二匹。
増えた魔物を処理しているだけ。
そう思っていた。
しかし。
「減らない。」
倒している。
確実に。
それなのに。
森の奥から、新しい魔物が現れる。
『現在までの討伐数、三十七体。』
「三十七……。」
アルトは沈黙する。
普通なら。
辺境の一少年が倒せる数ではない。
だが。
問題はそこではない。
「この数。」
「一体、森の中に何がいるんだ。」
精霊は答えない。
しばらくして。
『危険度予測を更新します。』
空中に表示が出る。
赤い警告。
『大規模魔物移動の可能性。』
アルトは息を飲んだ。
◇◇◇
翌日。
学園。
いつもの授業。
いつもの教室。
だが。
雰囲気は少し違っていた。
「最近、騎士団が忙しいらしいぞ。」
「森の魔物が増えてるって。」
生徒たちの会話。
アルトは黙って聞いていた。
やはり。
自分だけが気づいているわけではない。
異変は街全体へ広がり始めている。
「アルト。」
声。
セレスだった。
「何?」
「昨日も寝てないでしょ。」
「……。」
図星だった。
「顔に出てる。」
「そんなに分かりやすい?」
「あなたの場合は。」
セレスはため息をつく。
「無理している時ほど、分かりやすい。」
アルトは少し驚く。
「俺のこと、そんなに見てるのか?」
セレスの顔が少し赤くなる。
「違う。」
「同じクラスだから。」
即答。
しかし。
少し間を置いて。
「……でも。」
「前より、少し気になるだけ。」
アルトは聞き返そうとした。
だが。
チャイムが鳴る。
会話はそこで終わった。
◇◇◇
放課後。
街の掲示板。
新しい張り紙が出ていた。
『森への立入制限について』
『不要な外出は控えること』
人々がざわめく。
「珍しいな。」
「騎士団が警戒するなんて。」
アルトは遠くから見ていた。
そして。
その張り紙の下に、小さな追加文を見つける。
『大規模侵攻への備えとして――』
その一文。
普通の人なら見落とす。
でも。
アルトには分かった。
「……始まるのか。」
◇◇◇
夜。
倉庫。
騎士の整備を終えたアルトは、父の古い記録を見ていた。
アルバン・ノーツ。
十年前のスタンピード。
最後まで街に残った騎士。
「父さん。」
アルトは呟く。
「同じことが起きるなら。」
「俺は……。」
精霊が静かに告げる。
『警告。』
『魔物群、接近速度上昇。』
アルトは立ち上がった。
「距離は?」
『街まで、およそ三日。』
三日。
それだけ。
「三日しかないのか。」
アルトは騎士を見る。
まだ足りない。
まだ弱い。
でも。
もう逃げるつもりはなかった。
「やるしかない。」
操縦席へ向かう。
『契約者。』
「ん?」
『恐怖していますか。』
アルトは少し笑った。
「してる。」
『それでも?』
「それでも。」
父がそうしたように。
「守る。」
◇◇◇
森の奥。
月明かりの下。
無数の魔物の目が光る。
その中心。
一体の巨大な魔物が咆哮した。
十年前。
辺境を飲み込んだ災厄。
その再来が。
ゆっくりと近づいていた。




