第三十話 近づく異変
辺境の街。
その朝。
魔物討伐隊の帰還は、いつもより早かった。
「おかしい。」
報告を受けた兵士長は眉をひそめる。
「何がですか?」
若い兵士が尋ねる。
「森の様子だ。」
「魔物の数が少なすぎる。」
兵士は首を傾げる。
「少ないなら良いことでは?」
「普通ならな。」
兵士長は地図を見る。
「魔物は縄張りを持つ。」
「強い個体ほど、自分の場所から動かない。」
「だが……。」
指で森の奥を示す。
「最近、奥にいた魔物が外へ移動している。」
◇◇◇
代官屋敷。
緊急の報告会が開かれていた。
辺境を治める代官。
その隣には家族。
アルトを引き取った家でもある。
「スタンピードの可能性は?」
代官が尋ねる。
騎士団の指揮官が答える。
「現時点では断定できません。」
「ですが。」
資料をめくる。
「十年前の発生前と似た兆候があります。」
部屋の空気が重くなる。
「……。」
誰も口にしない。
十年前。
この街を襲った大災害。
多くの命が失われた。
そして。
アルバン・ノーツも帰らなかった。
◇◇◇
学園。
アルトは授業中だった。
しかし。
集中できない。
『魔力反応を検知。』
精霊の声。
「近いのか?」
『現時点では不明です。』
『しかし、周囲の魔力流動に変化があります。』
アルトは窓の外を見る。
普通の景色。
いつもと変わらない街。
なのに。
胸騒ぎがする。
◇◇◇
放課後。
セレスが声をかけてきた。
「アルト。」
「何?」
「今日、変じゃない?」
アルトは少し驚く。
「分かるのか?」
「分かる。」
セレスは即答した。
「いつもなら、人に突っかかる余裕くらいあるから。」
「……それ褒めてないだろ。」
セレスは少し笑う。
しかし。
すぐ真剣な表情になる。
「何かあったの?」
アルトは答えられない。
騎士のこと。
魔物のこと。
言えるわけがない。
「……嫌な予感がするだけ。」
セレスは少し目を細める。
「珍しい。」
「あなたが弱気なこと言うなんて。」
アルトは苦笑した。
「俺だって怖いことくらいある。」
「そう。」
セレスは少しだけ優しい声になる。
「なら。」
「一人で抱え込まないで。」
アルトは一瞬、言葉を失った。
◇◇◇
夜。
倉庫。
アルトは騎士へ乗り込む。
『警告。』
『魔物反応、増加傾向。』
表示される地図。
赤い点。
少しずつ。
街の方向へ動いている。
「……。」
アルトは拳を握る。
「まだ早い。」
「まだ準備が足りない。」
だが。
精霊は静かに告げる。
『前回の大規模侵攻記録と一致率上昇。』
「……。」
アルトの脳裏に父の姿が浮かぶ。
最後まで戦った父。
守ろうとした街。
「俺は。」
操縦席で呟く。
「父さんみたいになれるかな。」
精霊は答える。
『前契約者との比較は不要です。』
『契約者は契約者です。』
アルトは目を閉じる。
そして。
ゆっくり操縦桿を握った。
「なら。」
「俺にできることをする。」
◇◇◇
同じ頃。
森の奥。
大量の魔物が集まり始めていた。
低級。
中級。
そして。
その奥。
巨大な影。
十年前。
父アルバンが戦ったものと同じ系統の魔物。
静かに。
辺境へ向けて動き始める。
スタンピード。
その前兆は。
もう始まっていた。




