第二十九話 父の背中
雨の日だった。
辺境の街では珍しく、朝から灰色の雲が空を覆っている。
アルトは倉庫の中で、父の騎士を見上げていた。
最近。
少しずつ分かってきたことがある。
この騎士は、ただ強い機体ではない。
整備性。
耐久性。
操縦者への補助。
すべてが、長期間戦い続けることを前提に作られている。
「変な機体だよな。」
『何がですか?』
「普通、強い騎士っていうなら。」
「一撃で敵を倒すとか。」
「速いとか。」
アルトは機体を見る。
「でも、こいつは違う。」
『……。』
「壊れにくい。」
「長く戦える。」
精霊は静かに答える。
『前契約者は、長期防衛を想定していました。』
「父さんが?」
『はい。』
◇◇◇
午後。
アルトはガンツの工房へ向かった。
修理部品について相談するためだ。
「また来たか。」
ガンツは顔を上げる。
「お前、本当に飽きないな。」
「直したいから。」
アルトは即答した。
ガンツは少し笑う。
「そういうところは似てるな。」
その言葉に。
アルトの動きが止まった。
「父さんに?」
「ああ。」
ガンツは工具を置く。
「お前の親父はな。」
「器用な奴じゃなかった。」
意外な言葉。
「え?」
「戦闘は上手かった。」
「だが、機械の扱いは最初ひどかった。」
ガンツは笑う。
「何度も部品を壊してな。」
「それでも毎晩、騎士の前に座っていた。」
アルトは黙って聞く。
「どうしてそこまで?」
ガンツは窓の外を見る。
「聞いたことがある。」
「アルバンは言っていた。」
少し間を置いて。
「この騎士は、勝つためじゃない。」
「帰る場所を守るためにあるんだってな。」
◇◇◇
アルトは帰り道。
その言葉を何度も考えていた。
勝つためじゃない。
守るため。
今まで自分は。
強くなることばかり考えていた。
魔物を倒せる力。
誰にも負けない力。
でも。
父は違ったのかもしれない。
◇◇◇
夜。
倉庫。
アルトは騎士の前に立つ。
「なあ。」
「父さんは、怖くなかったのかな。」
返事はない。
だが精霊が答える。
『前契約者も恐怖を感じていました。』
「……。」
『恐怖がない者が戦士なのではありません。』
『恐怖を抱えたまま、守ることを選ぶ者が騎士です。』
アルトは目を伏せる。
「俺は。」
「まだ怖い。」
『はい。』
「でも。」
騎士へ手を置く。
「それでも守りたい。」
◇◇◇
翌日。
学園。
アルトはいつものようにセレスと顔を合わせた。
「またぼーっとしてる。」
「悪いか。」
「別に。」
セレスは少しだけ笑う。
「でも。」
「前より少しだけ、変わった気がする。」
アルトは驚く。
「分かるのか?」
「分からない。」
セレスは答える。
「ただ。」
「少しだけ、ちゃんと前を見ている顔になった。」
アルトは何も言えなかった。
そして。
セレスも気づいていない。
その表情が。
昨日、自分が想像した「優しい騎士」と少しだけ似ていることに。
◇◇◇
その夜。
辺境の森。
一匹の大型魔物が目を覚ました。
通常の魔物より大きい。
強い。
そして。
街へ向かう方向へ進み始める。
まだ誰も知らない。
小さな異変。
だが。
それは。
近い未来。
辺境の街を揺るがす出来事の始まりだった。




