第二十六話 取り戻す力
朝。
倉庫の中で、アルトは父の騎士を見上げていた。
十七メートルの巨体。
以前なら、ただの鉄の塊にしか見えなかった。
だが今は違う。
歩く。
剣を振るう。
魔物と戦う。
まだ傷だらけではある。
それでも。
確かに、生きている。
「……。」
アルトは機体図面を眺める。
『現在の機体性能を表示します。』
精霊の声と共に、空中へ数値が浮かぶ。
稼働率 十二%魔力炉出力 十八%近接戦闘能力 十五%
「……低いな。」
『はい。』
精霊は淡々と答える。
『前契約者使用時の性能と比較すると、大幅に低下しています。』
アルトは騎士を見る。
「父さんは、これをもっと使いこなしていたんだな。」
『はい。』
『本来、この機体は辺境防衛用の高性能騎士機でした。』
アルトは拳を握る。
「じゃあ。」
「まだ強くできるってことだ。」
『肯定します。』
◇◇◇
今日の修復対象。
左腕部。
動かないわけではない。
すでに剣を振るうこともできる。
だが。
問題は精度だった。
『左腕部、出力制限三十%。』
『内部補助機構、劣化。』
『訓練剣使用時、制御遅延あり。』
「だから、あの時……。」
グレイウルフとの戦い。
最初の一撃を外した理由。
アルト自身の未熟さだけではなかった。
機体も、本来の動きを取り戻していなかった。
「一緒に戦ってくれてたんだな。」
アルトは左腕部へ触れる。
「ありがとう。」
◇◇◇
修理ではなく、調整。
劣化した部品を交換する。
魔力回路を清掃する。
補助機構の再調整を行う。
簡単な作業ではない。
しかし。
今まで何度もやってきたことだ。
「ここを少し変える。」
「ここの流れを良くする。」
精霊の指示を聞きながら、アルトは一つずつ作業を進めていく。
『調整精度、良好です。』
「本当?」
『はい。』
『契約者は機体構造への理解度が向上しています。』
「最初は何も分からなかったのにな。」
『現在も不明点は多数あります。』
「そこは否定しないんだな……。」
アルトは苦笑する。
◇◇◇
昼過ぎ。
ガンツの工房。
アルトは調整した部品を持ち込んでいた。
「ほう。」
老人は部品を見る。
「前より綺麗になったな。」
「分かりますか?」
「当たり前だ。」
ガンツは鼻を鳴らす。
「ただ交換しただけじゃねぇ。」
「流れを考えて削ってある。」
アルトは驚く。
「そんなところまで?」
「機械ってのはな。」
ガンツは金属片を指で叩く。
カン。
澄んだ音が響く。
「動けばいいってもんじゃねぇ。」
「本来の力を出せるようにしてやるんだ。」
「それが整備だ。」
アルトはその言葉を噛みしめる。
「本来の力……。」
◇◇◇
夜。
左腕部の再調整が完了した。
『接続確認。』
『左腕部性能、向上。』
騎士の左腕が動く。
拳を握る。
開く。
以前とは違う。
滑らかだった。
「すごい……。」
『握力出力、二十二%上昇。』
『剣術制御補正、改善。』
「二十二%。」
アルトは笑う。
「一・八%より大きいな。」
『修復箇所による差異です。』
「分かってるよ。」
アルトは騎士の前に立つ。
「でも。」
「少しずつ強くなってる。」
◇◇◇
しばらく沈黙した後。
アルトは精霊へ問いかけた。
「なあ。」
『はい。』
「父さんは、どうしてこの騎士をここまで大切にしてたんだろう。」
精霊はすぐには答えなかった。
『前契約者にとって、この機体は武器ではありませんでした。』
『共に戦う存在でした。』
アルトは騎士を見る。
確かに。
最初はただの形見だった。
でも今は違う。
歩く。
戦う。
そして。
一緒に強くなっている。
「そっか。」
「俺たちも同じだな。」
『……。』
「まだ足りない。」
「でも、だから進める。」
◇◇◇
月明かりの下。
一機の騎士が荒野へ出る。
以前より少しだけ力強い足音。
以前より少しだけ滑らかな動き。
誰も知らない場所で。
誰にも知られない努力が続いている。
壊れた遺産は。
少しずつではあるが。
本来の力を取り戻し始めていた。




