第二十五話 名もなき贈り物
倉庫の片隅。
アルトは机の上に並べられた部品を眺めていた。
魔物討伐で得た報酬。
それで買えるものは多い。
足りなかった工具。
古い部品。
修理用の金属。
少しずつ。
本当に少しずつ。
父の騎士は元の姿を取り戻している。
「……。」
アルトは財布の中を見る。
残った金額。
決して多くはない。
むしろ、これからの修理を考えれば余裕などない。
それでも。
「これだけあれば……。」
アルトは別の袋を取り出した。
中には保存食や衣類。
そして少しのお金。
精霊が尋ねる。
『機体修復用資金ではありません。』
「うん。」
『用途は?』
アルトは少しだけ笑った。
「孤児院。」
◇◇◇
セレス・エルピス。
孤児院で暮らす少女。
アルトは昔から知っている。
同じ辺境の街。
同じ年齢。
そして。
自分とは違って、何でもできる少女。
魔力。
剣術。
勉強。
どれも優秀。
周囲から期待される存在。
だから。
昔から苦手だった。
いや。
本当は違う。
眩しかった。
自分にはないものを、全部持っているように見えた。
「……。」
アルトは空を見上げる。
「だからって、あの子たちまで困っていい理由にはならないよな。」
◇◇◇
夜。
街外れ。
父の騎士が静かに立っていた。
認識補助術式。
起動。
周囲から見れば、そこにいるのは普通の騎士機。
だが、強い印象は残らない。
アルトは荷物を抱え、孤児院へ向かう。
『接近者を確認。』
「大人?」
『はい。』
アルトは立ち止まる。
まだ完全な認識阻害ではない。
見られる可能性はある。
だから。
人がいない時間を選んだ。
◇◇◇
孤児院の前。
騎士機の収納部から荷物を取り出す。
アルト自身が降りる。
周囲を確認する。
誰もいない。
アルトは静かに荷物を置く。
食料。
衣類。
薬。
そして手紙。
短い一文だけ。
辺境の子供たちへ。少しでも役に立てば幸いです。
名前は書かない。
名乗る必要はない。
いや。
名乗ってはいけない。 そして再び騎士へ戻る。
アルトが去ろうとした、その時。
「……誰?」
声。
アルトの身体が固まる。
そこには。
セレスが立っていた。
◇◇◇
セレスは庭へ出ていた。
眠れなかった。
最近。
街で聞く噂。
誰かが守ってくれている。
誰かが助けてくれている。
そんな話を聞くたび、不思議な気持ちになった。
そして。
目の前にいる騎士機。
「……。」
大きい。
でも。
怖くない。
なぜか。
優しい感じがした。
「あなたが……。」
セレスは一歩近づく。
「最近、魔物を倒している騎士?」
アルトは答えない。
答えられない。
認識補助術式が働いている。
セレスの視線も、少しずつ曖昧になる。
それでも。
セレスは荷物を見る。
「これは……。」
孤児院への寄付。
理解する。
誰かが。
顔も出さず。
名前も残さず。
助けてくれている。
「……ありがとう。」
その言葉だけは、はっきり届いた。
◇◇◇
アルトは何も言わず、その場を離れた。
少し離れた場所で、騎士を止める。
「……。」
胸の奥が少し温かい。
『契約者。』
「ん?」
『感情変化を確認。』
「そんなものまで見るなよ。」
『重要情報です。』
アルトは苦笑する。
「でも。」
「悪くないな。」
◇◇◇
翌朝。
孤児院。
子供たちは届いた荷物を見て喜んでいた。
「また届いた!」
「誰がくれたの?」
院長は首を振る。
「分からないの。」
「でも。」
荷物の中には、必要なものばかりだった。
無駄なものはない。
子供たちの年齢。
人数。
生活状況。
まるで。
ずっと見守っている人が選んだような品だった。
セレスは小さな紙片を握る。
名前のない手紙。
「……。」
顔立ちは覚えている。
大きな騎士機だった。
優しい声だった。
けれど。
なぜか、細かな印象が残らない。
でも。
この人が優しい人だということだけは分かる。
「いつか。」
セレスは空を見る。
「ちゃんと、お礼を言いたい。」
その相手が。
毎日顔を合わせている少年だとは。
まだ知らない。




