第二十四話 名も知らぬ守護者
辺境の街。
朝の市場は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。
野菜を売る声。
荷馬車の音。
子供たちの笑い声。
しかし。
少しだけ変わったことがある。
「最近、魔物が少ないよな。」
店主の一人が呟いた。
「そういえばそうだな。」
「北の森も静かになったらしい。」
「騎士団が何かしたのか?」
別の男が首を振る。
「いや、違うらしい。」
「じゃあ誰が?」
その問いに、誰も答えられない。
ただ。
一つだけ噂があった。
「夜に、白銀の騎士機が歩いているのを見た奴がいるらしい。」
「騎士機?」
「でも名前は分からない。」
「どこの家の機体だ?」
「それも分からない。」
誰も詳しく覚えていない。
けれど。
なぜか皆、同じ印象だけを持っていた。
――辺境には、誰かがいる。
自分たちを守っている誰かが。
◇◇◇
王立辺境学園。
アルトはいつもの席で、窓の外を眺めていた。
「聞いた?」
クラスメイトの声が聞こえる。
「最近、謎の騎士機が出るって話。」
「魔物を倒してるらしいぞ。」
「すごく強いんだって。」
アルトは黙って聞いていた。
少しだけむず痒い。
自分のことを話されている。
でも、誰も自分だとは思っていない。
それが狙いだった。
「まあ、俺には関係ないけど。」
小さく呟く。
その時。
「……本当にそう思ってるの?」
隣から声がした。
振り向くと、一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
澄んだ瞳。
セレス・エルピス。
辺境の孤児院で育ち、今では学園でも上位の成績を誇る少女。
「何が?」
アルトが聞き返す。
セレスは少し呆れたようにため息をつく。
「騎士の話。」
「ああ。」
「あなた、興味なさそうだから。」
アルトは肩をすくめた。
「俺には無理だからな。」
「騎士なんて。」
セレスの表情が少し険しくなる。
「……またそうやって。」
「何?」
「自分を低く見るところ。」
アルトは黙る。
セレスは昔から、こういうところが気に入らなかった。
才能がない。
向いていない。
無理だ。
そんな言葉ばかり口にする。
「努力もしないで諦める人、私は嫌い。」
それだけ言って席へ戻る。
アルトは苦笑した。
「努力してるんだけどな……。」
もちろん、言えるわけがない。
毎晩。
誰にも知られない場所で。
壊れた騎士を直しているなんて。
◇◇◇
昼休み。
セレスは孤児院へ向かう道を歩いていた。
彼女は小さな袋を抱えている。
中身は昨日買った保存食。
孤児院へ持って帰るためだ。
その途中。
街の人々の会話が耳に入る。
「謎の騎士か。」
「助かるよな。」
「名前くらい知りたいもんだ。」
セレスは足を止める。
「……。」
顔も知らない。
名前も知らない。
でも。
その騎士は、自分たちの暮らす街を守ってくれている。
「ありがとう。」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声で。
◇◇◇
夕方。
孤児院。
子供たちが庭で遊んでいる。
セレスは洗濯物を畳みながら、空を見る。
「謎の騎士……。」
どんな人なのだろう。
強くて。
優しくて。
きっと、自分のことより誰かを優先する人。
そんな想像をして。
ふと。
昼間の少年の顔が浮かぶ。
「……違う。」
すぐに首を振る。
アルトはそんな人ではない。
いつも突っかかってくる。
才能がないくせに、負けず嫌いで。
「本当に、面倒な人。」
そう言いながら。
なぜか少しだけ笑っていた。
◇◇◇
同じ頃。
倉庫。
アルトは父の騎士を整備していた。
『街で噂になっています。』
「え?」
『守護者として認識され始めています。』
アルトは困ったように笑う。
「困るな。」
「正体を知られたくないのに。」
『認識補助術式は正常です。』
「そうじゃなくて。」
アルトは騎士を見る。
「……なんか、変な感じなんだ。」
「誰にも知られなくていいと思ってた。」
「でも。」
少しだけ嬉しい。
「守れてるって分かるのは。」
精霊は答えなかった。
ただ。
静かに機体の光が揺れた。
父の騎士は今日もまた、辺境の夜を見守っていた。




