第二十二話 初めての戦利品
夜明け前。
アルトは父の騎士を倉庫へ戻すと、操縦席からゆっくりと降りた。
全身から力が抜ける。
「疲れた……。」
初めての実戦。
精神リンクによる疲労もあり、立っているだけで足が震えていた。
『契約者、お疲れ様でした。』
珍しく精霊が労うような声をかける。
アルトは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう。」
「でも、まだ終わってない。」
騎士の掌には、蒼く輝く結晶――蒼晶石が握られている。
昨夜、グレイウルフを倒して得た初めての戦利品だ。
「これで、本当に強くなるのか?」
『推奨します。』
『高純度蒼晶石を動力補助回路へ組み込みます。』
精霊が機体内部の設計図を映し出す。
右脚部の補助回路が淡く光っていた。
「右脚?」
『現在、左右の出力に一・九%の誤差があります。』
『契約者も歩行時に違和感を覚えていたはずです。』
アルトは思い返す。
確かに、右足だけ少し踏み込みが弱かった。
「そんなことまで分かるのか。」
『機体状態は常時監視しています。』
「便利だな。」
『ありがとうございます。』
少しだけ誇らしげな声だった。
◇◇◇
アルトは工具箱を開き、右脚の装甲を取り外す。
内部には昨日まで何度も整備してきた補助回路が姿を現した。
『蒼晶石をここへ。』
「ここか。」
結晶を慎重にはめ込む。
しかし、うまく収まらない。
「……あれ?」
『角度が二度ずれています。』
「二度?」
『はい。』
アルトは苦笑する。
「二度くらい同じじゃないのか?」
『同じではありません。』
言われた通り、ほんの少しだけ向きを変える。
すると。
カチリ。
まるで最初からそこにあったように蒼晶石が収まった。
『接続完了。』
『起動試験を開始します。』
◇◇◇
魔力炉が静かに唸る。
青白い光が蒼晶石を通り、補助回路へ流れ込んでいく。
今まで暗かった回路が、一つ、また一つと光を取り戻した。
『右脚補助回路、復旧。』
『推力補正開始。』
『歩行性能、向上。』
数値が次々と表示される。
アルトには難しい内容も多かったが、最後の一行だけは分かった。
歩行効率 +一・八%
「一・八%かぁ。」
思わず笑ってしまう。
「もっと劇的に変わると思ってた。」
『一度の修復で劇的な変化はありません。』
『しかし、一・八%を百回積み重ねれば百八十%です。』
アルトは一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。
「そういう考え方もあるのか。」
『はい。』
「じゃあ。」
アルトは工具を片付けながら言った。
「百回積み重ねよう。」
『了解しました。』
精霊の返事は、どこか嬉しそうだった。
◇◇◇
その日の夕方。
アルトは学校帰りにガンツの工房へ顔を出した。
「おう。」
老人はいつものように金槌を振るっている。
「昨日の剣、使ってみたか。」
「はい。」
「どうだった。」
アルトは少し考え、笑顔で答えた。
「重かったです。」
ガンツは大笑いした。
「当たり前だ!」
「騎士の剣は重くていい!」
「軽かったら、それは棒切れだ!」
二人の笑い声が工房に響く。
しばらくしてガンツが真顔になった。
「だがな。」
「重いって分かったなら、それだけで昨日のお前より強くなっとる。」
アルトは驚いて老人を見る。
「強く……?」
「知ることも強さだ。」
「無茶をせず、鉄を恐れ、鉄を信じろ。」
短い言葉だった。
だが、父の整備記録と同じ匂いがした。
「はい。」
アルトは深く頭を下げる。
ガンツは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「礼なんぞいらん。」
「次は足音を聞け。」
「え?」
「歩く音だ。」
「いい整備をした騎士は、歩く音まで変わる。」
アルトは思わず笑った。
「また音ですか。」
「職人は耳で仕事するんじゃ。」
ガンツはそう言って、再び金槌を振り下ろした。
カン――。
澄んだ音が工房に響く。
アルトはその音を胸に刻みながら帰路についた。
初めての戦利品は、たった一・八%しか騎士を強くしなかった。
けれど、その一・八%は、昨日の自分にはなかった一歩だった。
父の騎士は、今日も少しだけ強くなる。
そしてアルトもまた、騎士とともに成長していくのだった。




