第二十話 止める技術
父の訓練剣を整備してから数日。
夜の荒れ地での訓練も、すっかり日課になっていた。
アルトは精神リンクを接続し、ゆっくりと訓練剣を構える。
十七メートルの騎士が剣を持つ姿は、それだけで圧倒的な存在感を放っていた。
『武装状態を確認。』
『訓練プログラムを開始します。』
精霊の声が静かに響く。
「今日はいよいよ素振りだな。」
『はい。』
『目標は命中ではありません。』
『制御です。』
アルトは頷いた。
剣を握るだけでも重心が変わる。
ならば振るとなれば、その影響はさらに大きいはずだ。
◇◇◇
「いくぞ。」
ゆっくりと剣を振り上げる。
精神リンクを通して、巨大な重量が両腕へ伝わってくる。
そして。
「はあっ!」
ブォン――ッ!
風が唸った。
訓練剣が夜空を切り裂く。
剣先が通っただけで、地面の草が大きく揺れる。
「すごい……!」
だが、その直後だった。
勢いが止まらない。
「しまった!」
重い。
想像以上に重い。
アルトは必死に腕へ力を込める。
しかし、十七メートルの鉄塊は簡単には止まらない。
ドォンッ!
剣先が地面へ突き刺さった。
土砂が舞い上がり、小石が飛び散る。
『訓練を中断します。』
精霊が即座に出力を落とした。
◇◇◇
アルトは大きく息を吐く。
「振ることしか考えてなかった。」
『はい。』
『契約者は停止動作を考慮していません。』
「止めるところまでが動作か……。」
『その通りです。』
精霊は空中へ一本の線を描く。
剣の軌道。
その終点には赤い印が付いている。
『前契約者は、常に剣が止まる位置まで計算していました。』
「父さんは……。」
『剣を振る前に、剣を止める場所を決めています。』
アルトは思わず苦笑した。
「なるほど。」
「だから無駄がないのか。」
◇◇◇
それから何度も繰り返した。
一振り。
止める。
もう一振り。
止める。
速さはいらない。
力もいらない。
必要なのは、自分の思った場所でぴたりと止めること。
何度も失敗する。
少し止め切れず、地面を削る。
重心が崩れ、一歩後ろへ下がる。
それでも少しずつ、剣はアルトの意思に応え始めていた。
◇◇◇
夜も更けた頃。
「最後の一本。」
アルトは深く息を吸う。
腰を落とす。
重心を整える。
剣を振り下ろす。
ブォン――。
空気を裂く音。
そして。
ピタリ。
剣先は地面すれすれで止まった。
土を巻き上げることもない。
石を砕くこともない。
『……。』
珍しく精霊が数秒沈黙した。
『誤差、三・二センチ。』
『停止制御、良好です。』
アルトは大きく笑った。
「できた!」
『はい。』
『初日の結果としては、十分です。』
◇◇◇
剣を肩へ担ぎ、夜空を見上げる。
星々が静かに輝いていた。
「歩くだけでも難しかった。」
「剣を持つと、もっと難しい。」
それでも、不思議と焦りはなかった。
昨日より一歩。
今日も一歩。
そうやって積み重ねてきたからだ。
『契約者。』
「ん?」
『前契約者の記録を表示します。』
空中へ、一文だけ浮かび上がる。
「強い剣とは、速い剣じゃない。止められる剣だ。」
アルトは静かにその言葉を見つめた。
「父さん。」
「まだ追いつけないけど……。」
訓練剣を握る手に、自然と力が入る。
「いつか、同じ景色を見てみせる。」
月明かりの下、父の騎士は静かに剣を構えた。
その姿には、もうスクラップだった頃の面影はなかった。
次回、初陣です。
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