第十九話 父の訓練剣
左肩の補助フレームを修理した翌日。
アルトは倉庫の中を歩き回っていた。
「歩けるようにはなった。」
「でも、魔物と戦うなら武器が必要だ。」
父の騎士は素手でも動ける。
しかし、それだけでは限界がある。
「父さんは何を使っていたんだろう。」
『検索します。』
精霊の声とともに、倉庫内の簡易見取り図が空中へ映し出される。
しばらくして、倉庫の最奥部が淡く光った。
『第三保管区画を確認。』
『未使用装備を検知しました。』
「そんな場所があったのか。」
アルトは木箱や資材をどかしながら奥へ進む。
埃をかぶった鉄扉を押し開けると、小さな保管庫が姿を現した。
棚には工具や予備部品が整然と並び、その中央には巨大な武器架が置かれている。
そこに一本だけ、長い鉄剣が静かに横たわっていた。
◇◇◇
十七メートル級騎士用の模擬剣。
刃は付いていない。
刀身全体が赤錆に覆われ、柄の革も乾き切っている。
それでも、どこか堂々とした佇まいだった。
『前契約者専用訓練模擬剣です。』
『実戦用ではありません。』
「父さんの……。」
アルトは柄へそっと手を添えた。
冷たい鉄の感触が伝わる。
『内部構造を診断します。』
淡い光が刀身を走る。
数秒後、精霊が静かに告げた。
『内部に重大な損傷はありません。』
『表面腐食率三十二%。』
『清掃および給油により使用可能です。』
アルトはほっと息を吐いた。
「鍛え直さなくていいのか。」
『必要ありません。』
『前契約者は定期的に防錆処理を施していました。』
『腐食は表層のみです。』
「父さんらしいな。」
大切な道具を、最後まで丁寧に扱っていた証だった。
◇◇◇
その日の夕方。
アルトはガンツの工房を訪れた。
「相談があります。」
老人は訓練剣を見るなり目を細める。
「……懐かしいもんを持ってきたな。」
ゆっくり近づき、刀身を指先で叩く。
コン。
澄んだ音が工房に響いた。
「中身は生きとる。」
「やっぱりな。」
アルトが驚く。
「音で分かるんですか。」
「分からなきゃ職人は務まらん。」
ガンツは笑いながら、一本のスクレーパーをアルトへ放った。
「ほれ。」
「まずは錆を落とせ。」
◇◇◇
アルトは巨大な脚立へ上り、刀身を少しずつ磨き始めた。
ゴリ……。
ゴリ……。
赤錆が少しずつ剥がれ落ちる。
その下から、鈍い銀色の地肌が姿を現した。
何時間もかかる単純作業。
それでも、不思議と苦ではなかった。
「父さんも、こうやって手入れしてたのかな。」
『前契約者の整備記録があります。』
精霊が静かに記録を表示する。
「戦う時間より、手入れする時間の方が長い。だから武器は応えてくれる。」
アルトは磨く手を止めなかった。
「応えてくれる、か。」
その言葉が胸に残る。
◇◇◇
錆を落とし終えると、今度は防錆油を塗り込んでいく。
乾き切っていた柄革にも専用油を染み込ませる。
金具の緩みを締め直し、固定ボルトを一本ずつ点検する。
ガンツは腕を組んだまま見守っていた。
「悪くねぇ。」
「え?」
「ちゃんと道具を扱っとる。」
それだけ言うと、老人は工房の奥へ戻っていった。
アルトは少しだけ嬉しくなった。
ガンツに褒められることなど滅多にない。
◇◇◇
夜。
父の騎士は、修復された訓練剣をゆっくりと握る。
精神リンクを通じて、ずしりとした重みが伝わってきた。
『重量増加を確認。』
『重心補正を開始します。』
アルトは柄を握る感覚を確かめる。
重い。
だが、不思議と手に馴染む。
まるで、この剣が主人の帰りを待っていたかのようだった。
「明日からは、一緒に訓練だ。」
騎士は静かに剣を構える。
月明かりを受けた鈍色の刀身が、わずかに光を返した。
それは戦いのためではない。
父から子へ受け継がれた、努力の象徴だった。




