第十八話 一歩先の代償
夜。
辺境の街が静まり返る頃、アルトは再び倉庫の大扉を開いた。
父の騎士は、昨日よりも滑らかに歩けるようになっている。
『歩行試験を開始します。』
「今日は昨日より少しだけ先まで行こう。」
精神リンクが繋がる。
魔力炉の鼓動が身体に伝わる。
一歩。
二歩。
三歩。
昨日よりも自然に脚が前へ出る。
『歩行状態、安定。』
『姿勢補正回数、前回比二十一%減少。』
「本当か?」
『はい。』
アルトは思わず笑みを浮かべた。
昨日の練習は無駄ではなかった。
身体が少しずつ、この巨体を覚え始めている。
◇◇◇
荒れ地の奥。
大きな岩を目印に折り返そうとした、その時だった。
アルトの視界に一本の倒木が映る。
「……あれを跨げるかな。」
高さは人の背丈ほど。
騎士なら十分に越えられるように見えた。
『推奨しません。』
精霊がすぐに警告する。
『現在は平地歩行試験です。』
『障害物走行は試験項目にありません。』
「分かってる。」
アルトは苦笑した。
頭では理解している。
だが、昨日より歩けるようになったという実感が、ほんの少しだけ気持ちを大きくしていた。
「ゆっくりなら大丈夫だ。」
『……警告を継続します。』
◇◇◇
右脚を持ち上げる。
倒木を越える。
ここまでは順調だった。
「よし。」
続いて左脚を前へ――。
その瞬間。
足先が倒木の枝にわずかに触れた。
「しまっ……!」
ほんの数センチ。
それだけの引っ掛かりだった。
だが、十七メートルの巨体では十分すぎるほど大きい。
機体が前へ傾く。
『姿勢補正、最大出力!』
腰部が唸る。
右脚が踏ん張る。
しかし間に合わない。
「右手を!」
アルトは咄嗟に右腕を地面へ突き出した。
ドォンッ!
巨体は倒れることこそ免れた。
だが、強い衝撃が右腕から肩へと走る。
金属が軋む嫌な音が響いた。
◇◇◇
倉庫へ戻ったアルトは、すぐに機体を点検した。
『右腕に異常はありません。』
アルトはほっと息をつく。
だが。
『左肩姿勢補助フレームに変形を確認。』
「左肩?」
急いで装甲を外す。
内部を見ると、補助フレームがわずかに曲がっていた。
転倒を防ぐために無理な力が掛かり、機体全体へ負荷が伝わったらしい。
「こんなところに影響が……。」
『歩行時の衝撃は全身へ分散します。』
『一箇所だけを見ることはできません。』
アルトは静かに頷いた。
また一つ学んだ。
騎士は部品の集合体ではない。
一つの身体なのだ。
◇◇◇
アルトは工具を手に取り、変形したフレームを慎重に外す。
「修理だな。」
『予定外の作業です。』
「でも必要だ。」
苦笑しながら答える。
「壊れたら直す。」
「それも整備士だろ?」
精霊は数秒考えるように沈黙した。
『……その考え方は、前契約者と一致します。』
アルトは思わず笑う。
「また父さんか。」
『前契約者の整備記録より。』
空中に、一文だけ表示される。
「壊さない整備士はいない。大事なのは、同じ壊し方を二度しないことだ。」
アルトはその言葉を何度も読み返した。
「……うん。」
「今日はいい勉強になった。」
◇◇◇
修理を終えた頃には、東の空が白み始めていた。
倉庫の扉を閉めながら、アルトは静かに父の騎士を見上げる。
「次は倒木には近づかない。」
『試験計画を修正します。』
「頼む。」
アルトは笑った。
昨日より歩けるようになった。
そして今日。
歩くだけではなく、「無理をすれば壊れる」という当たり前のことを、自分の失敗で学んだ。
その経験もまた、父の騎士を世界一強くするための、大切な一歩だった。




