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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第二章2 『芽吹き』

 一緒に暮らし始めて三日目の朝。

 少女は自分から椅子に座るようになり、空のティーカップを手にしたり、火に当たるようなしぐさもし始めた。ステラを真似たようなその動きに苦笑しながらも、その成長をほほえましく思っていた。

 言葉はほとんどなかったが、彼女の眼には少しずつ光が宿り始めている気がした。


「今日は外を散歩してみようか」


 ステラがそう声をかけると、少女は数秒の沈黙のあと、小さく頷いた。

廃れた町の中心にある噴水の広場。残念ながら、噴水の水はとっくの昔に枯れていたようで、底に溜まった濁った雨水が、閑散とした雰囲気を増幅させている。

 風が石畳をなぜるように吹き抜ける。少女はステラの後ろにぴったりと張り付きながら、それでも一歩、また一歩と地面を踏みしめた。


「外は気持ちがいいね」


 少女は外を歩くことに集中していて、その言葉は耳に届いていないようだった。それでも、ステラは実の妹を見るように、暖かく見守っていた。

 隣の家のドアの開閉音にはいやでも気づいてしまう。イドラはそんなステラと少女の様子を見て、ひとりぽつりとつぶやいた。


「壊れた人形も、直せば歩くとでも思ってんのかよ」


 つぶやきながら、手を口元に寄せて爪を噛む。

 ステラが他人にやさしくするのは初めてではない。旅の途中で出会った野良猫に水をやっていた時も、通りがかった見知らぬ墓に花を手向けていた時も、あいつはそういうやつだと分かっていたはずだ。

 だが今回ばかりは無性に腹が立った。まともに会話すらままならない、意味のない言葉を繰り返すだけの壊れた人形にまで、ステラは優しすぎる。


(何が気に食わない?)


 分からない。見捨てろと今すぐにでも叫んで、ステラの手無理やり引っ張って違う街へと走りたい。あの少女を見ていると、喉の奥がざらつくのだ。

 庇護欲を掻き立てるような、純粋で、甘ったれた、頼りっぱなしの少女。一人で生きていける癖に、すごく脆いように見える。彼女を支えられるのは、自分だけなんだと、皆がそう思ってしまうような弱い生物。

 そんな魔性にあてられたステラが自分のもとから去っていくような、焦燥感。


(馬鹿らしい。居場所なんてもの、最初からなかっただろう)


 少女への嫌悪も、意味のない焦燥も全てはイドラの妄想に過ぎず、早くステラと合流した方がいいと頭でわかってはいても、胸の奥のざわつきは消えてくれない。


「…嫌いなんだよ。壊れたやつが、自分を直そうともしないまま、誰かに甘えているのを見るのが――」


 その言葉の続きを奥歯で嚙み潰す。

 自分だって壊れているくせに。それでも、壊れたまま誰かに縋るなんてこと、イドラにはできなかった。壊れていることを自覚していたから、独りでいることを選んだのだ。

 だからこそ、苛立つ。あの少女に、ステラに。そして、そんな感情を持ってしまった自分自身に。

 風が壁の隙間から入り込み、硬く着込んだ外套の裾を冷たく揺らす。イドラは椅子に足をもたげたまま、ステラたちのいる方向を見つめていた。


 その日も冷えた夜だった。ストーブの火が、並んで座る二人の影をゆらゆらと揺らしていた。ステラはいつものように缶詰を温めながら、静かに話しかける。


「明日はもう少し遠くまで散歩に行こうか。崩れた協会のあたり、日当たりもよさそうだし」


 その問いかけにこくりと首を振った。


「…君は、名前、ある?」


 ステラの口から遠慮がちに放たれた質問は、少女と出会った最初の夜と同じ質問だった。その時は、微動だにせずただ一点を見つめるだけだったが、今回は違った。長い沈黙がその場を支配し、部屋の空気が少しだけ重くなる。けれど、次の瞬間――ぽつりと声がした。


「…テディ」


 ステラは微笑んだ。


「テディ…か。すごくいい名前だね」


 炎を見つめる瞳に、きらりと迸るように光が反射した。まるで何かを取り戻した合図のような、そんなあたたかな光だった。


「明日も、一緒に歩こうか」


 少女――テディは小さく、小さく頷いた。


***


 翌日は、ひどく風の強い日だった。廃町の建物は悲鳴のような軋みを上げ、空はいつもよりもずっと低く、曇り空の存在をすぐ頭上に感じた。いつもよりも鈍く、世界そのものがよどんでいるような空気が、ステラの寝起きの肌を静かに撫ぜた。


「今日は外出はやめておいた方がいいかもしれないね、テディ。雨も降りそうだし」


 そう話しかけると、表情の乏しいその顔を少し不満げにゆがめたような気がした。初めて会った時と比べると、随分と感情表現も進歩したように思う。

 ステラとしても、テディを心療するのに大きな役割を果たしてくれた散歩をしないということは苦渋の決断だったが、雨に濡れて風邪を引いたりでもしたら、ステラに治すすべはないのだ。

 残念そうなテディを横目に、ステラは雨水を貯蔵する準備をしていた。近頃はなかなか雨が降らなかったせいで、貴重なボトル入りの水を開封する羽目になってしまった。

 雨はこの世界では貴重な、水を確保する手段である。

 半壊した扉を跨いで外に出ると、いくつかのボトルや鍋を鞄の底から取り出し、地面に設置する。人間の大方が消え去ったこの世界は、空気が比較的きれいなので雨が地上に達するまでに空気中の埃が混じりこむというのは心配しなくても大丈夫だった。


「またいつ雨が降るかわからないからできるだけたくさん貯めておきたいな…、でも多すぎても持ち運ぶのが大変だから」


 そういいながら、設置場所を定めていく。庭の中央や、ポストの上など、回収しやすそうなところに無作為においていく。

 せっせと作業に没頭しているステラの頬を一滴の雫が濡らした。どうやら本格的に雨が降ってくるらしい。残りのボトルたちを急いで配置すると、頭を覆いながら走って家の中に戻った。


「テディ!戻った…よ…」


 家に入ってすぐ違和感の正体に気づいた。暖炉の火が消えている。それと同様に、先ほどまで毛布にくるまっていたはずのテディの姿も消えていた。すぐに消えるような薪の量ではなかったはずだ。とすれば、人為的に消されたことは疑いようがなかった。


「まずい…」


ステラは家を大慌てで飛び出した。行き先は見当がつかなかった。しかし、昨夜の会話が思い出される。


『明日はもう少し遠くまで散歩に行こうか。崩れた教会のあたり、日当たりもよさそうだし』


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