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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第一章5 『旅路の始まり』


「この帳簿は改ざんされた跡がある」


 イドラは老いた管理者の前に立ち、その眼前に古びた帳簿を置いた。その埃まみれの書類の意図を掴めずに、老人は目を細めるだけだ。

 普段なら、子供が勝手に事務室に足を踏み入れただけで叱り飛ばすところだが、今は違った。


「それは二年前のものだ。定期的にあんたらは焼却処分しているようだが、甘かったんじゃないか?暖炉の奥をまさぐったらひょいと出てきたよ」


 男の顔にじわりと冷たい汗が浮かんだ。イドラはその反応を楽しむように、ゆっくりと帳簿を捲っていく。


「好奇心ついでに読んでみたら、いろいろと面白いことが書かれてるんだ。特にこの数字、支給された額と子供たちに配分された額があってないだろ?ここ、一日三食だなんてお笑い草だよな」


 部屋の中にいた大人たちの空気が一斉にこわばるのを感じる。しかしイドラは構わずに続けた。


「人数も実際より多く申請されているし、医療費の名目で抜かれた分は、実際に使われた記録がない。あとは…ほら、この出費。娯楽設備の導入?星灯りの日の事をさしてるんだったら、もっといいオルゴールでも買えたんじゃねぇのか。実際には酒か何かだろうな、どうせお前らの嗜好品に消費でもされたんだろうよ」


「…お前、何がいいたい」


 男が低い声で問いかける。しわだらけの皮膚の奥で爬虫類のように光る眼光は、イドラを威圧するには全く足りなかった。


「スレプトに手を出すな。あとは今まで通り見て見ぬふりをしてやるよ」


 感情の起伏が感じられない平坦に放たれたその要求。数秒の沈黙の跡、男は苦々しく、それでいて無理をしているように笑った。


「……酔狂だな」


 予想外の言葉に、イドラは虚を突かれたように目を見張る。そしてふっと息を吐きだして笑った。そこにいつもの軽薄さは感じられず、ただ冷たく空気を切り裂くような瞳だった。

 扉を後にしたイドラは大きく息を吐いた。柄にもないことをしてしまったと、自嘲気味に笑う。本当ならもっと大きい要求だってのませることができたかもしれない。しかし、欲を出して、自分とその証拠ごと消されたら元も子もなかった。


「これが今の俺の限界だよ」

 

これで今日は安心して、眠ることができそうだった。


 その夜、スレプトはイドラの隣に座り、何も知らない笑顔で笑った。「なんか今日はやけに優しいな」と。

 イドラはただ、久しぶりに稼働している薪ストーブの揺らぎを見つめながら黙っていた。不器用な自分にできた精一杯がこれだった。スレプトは、オルゴールについた灰をできる限り布で拭い、修理を試みていたが、ついにその努力が実を結ぶことはなかった。


「思い返せば、変なメロディだったよな」


 そうつぶやいて、彼は鼻歌を口ずさみ始めた。かすれた声で、辛うじて旋律が分かる程度。それでも、その音や静かな夜にやさしく溶け込んでいく。

 イドラは黙ったまま、それを聞いていた。どこか間抜けで所々音程を外していて、でも胸に沁みわたるようなメロディ。


(ああ、そうだ。――これが)


オルゴールが奏でていた、拙く、儚い曲。


「お前は歌わないのか?」


そう振られてもイドラは首を振るだけだった。


「俺は、聞いているだけでいい」


――たとえ再びオルゴールが灰で埋もれても、忘れることはないから


***


 火はすでに消えかけていた。朝霧が窓の外を白く霞ませて、冷たい空気が部屋を満たしている。ぼんやりと辺りを見渡すと、すでに起きていたステラが静かに鞄の紐を締めていた。

 鞄は昨日よりも少し膨らんで見える。中にはこの家で調達した缶詰や防寒用の毛布も入れてあるのだろう。イドラはその様子に、「かさばるくせによく持っていくなぁ」と笑う。そして、ごった返す鞄の中にきらりと何かが光った。

――壊れたオルゴール。

 ステラは無言のまま荷物を背負い、扉の前でイドラを振り返った。


「……行くぞ」


 それだけ。

 それでも、イドラにはそれがこの世界に残された数少ない温もりのように感じられた。ゆっくりと体を起こし、瞼をこすりながらまだ眠気の残る声で返事をする。


「お前の荷物はいつ見ても重そうだな」


 ステラは返事をしなかった。いつもより、ほんの少しだけ歩調が遅かった。イドラが追い付くのを待っているように。


「貸せよステラちゃん」


 そういってイドラは彼が持っていた鞄の一番上に乗っていた毛布を奪い去る。毛布なんてありふれたもの、これからの旅路で何回も出会うだろうに。何でもかんでも集めたがるその性格に呆れ交じりのため息を吐いた。それでも、一緒に荷物を運ぶことを選んだのは、ステラの重そうな荷物は、二人で分け合って持った方が効率がいいと思った。それだけの話なのだ。

 扉を開けると、世界はまだ灰色だった。でも少しだけ、あの夢の色が残っている気がした。幸せな後味を残した夢は、イドラの胸の奥をしばらくの間温めてくれていた。


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