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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第一章3 『古ぼけたオルゴール』

 橋を越えると、すぐに小さな廃村が見えた。

 風が吹くたび頼りなく揺れる看板、朽ちた電柱、蔦に覆われた家々――どれも見慣れた荒廃の景色だ。

 一度通ったといわれても気が付かないような風景は、旅を単調で退屈なものにしてしまう。だが、前を歩くイドラの足取りだけが、迷いなく一直線だった。


「…ねえ、ここを知ってるの?」


 問いかけてもイドラは振り向かない。まるで耳に入っていないように、前だけを見て歩き続けている。ステラは一拍遅れてその背中を追った。


 たどり着いたのは小さな一軒家だった。雨風にさらされ続け、外壁の色は剥がれ、扉は半開き状態だった。

 イドラはドアノブに手をかけることなく、するりと隙間の中へ入っていく。

 先ほどイドラに対して窃盗を糾弾した手前、人家に無断で押し入ることに抵抗があったが、多少の葛藤を潰してステラも後に続いた。


 内装は廃屋の中では整っている方だった。

 崩れかけた家具の間に、ほこりをかぶった食器が並び、誰かの暮らした名残が生々しく残っている。

 ステラは食糧棚をあさりながら、棚の奥に眠っていた缶詰を手に取った。ほかに食料になりそうなものはないかと、続いて他の棚も物色する。


 死者の物を奪取しないというステラの信念は、自分の命に関わるときはその例ではなかった。そういわれると、先ほどの説教は綺麗事といわれても仕方がないのかもしれない。

 しかし、イドラのつけていたブレスレットのようなアクセサリーなどは、この世界において絶対に不必要だ。

 余計なものを収集する癖のあるステラだからこそ、死者から奪う目的が、自らを飾り立てるためだけに用いられる装飾品は譲れないことだった。

 奥の部屋を見に行っていたイドラが何かを手にして帰ってきた。


「…なんだそれ」


 イドラの手の中には、古びたオルゴールが握られていた。蓋は欠けていて、ゼンマイは途中で止まっている。微かに装飾の跡が残った、灰まみれの小さな箱。

 イドラはいつになく真剣な表情でゼンマイを回す。ステラもその空気感に気圧されながら、その様子を見守った。しばらく指先でくるくる回したかと思うと、パッと手を放して無造作に笑った。


「ははっ、やっぱりガラクタだったわ。音も鳴らねえし」


 そして、さっきまでの剣呑とした雰囲気はどこへいったのか、何の未練もないかのように、ぽいとそれを床へ放り投げようとした。


「待てっ」


 その手を制したのはステラだった。床に転がりかけたオルゴールを、すんでのところでキャッチする。その行動に心底驚いたようにイドラは瞠目した。

 そんなイドラを無視して、手の中に納まるほどの小さなオルゴールをじっと見る。軽くゼンマイをいじってみるが、動きは鈍く、音はならない。

 だけど、


「捨てるほどじゃ、ないだろ」


 低く、ぽつりとした言葉だった。イドラは一瞬、ステラの手元を見た。言葉にはしないが、そのまなざしの奥で、何かが微かに揺れていた。


「鳴らないオルゴールに、価値なんてねぇよ」


 そのオルゴールは自分のものだと、彼は一度も口にしなかった。ステラも問おうとしなかった。それでも、イドラにきっと関係がある、大切なものなんだろう。

 彼の音の無くなってしまった記憶を直したかった。

 外の風が、窓ガラスを揺らす。二人の間にしんとした沈黙が落ちた。


「お前、そういう機械系得意なのか?」


「いや…そんなことない」


 ステラは答えながらも、指先を止めない。


「でも、壊れたままじゃ、気になるから…」


 イドラはその答えに笑おうとして、でもうまく笑えていない奇妙な顔をした。ステラはその表情に見ないふりをしたまま、小さな機械をいじり続けた。


***


 壊れた窓枠から月明かりが射しこんで部屋の埃を浮かび上がらせていた。昼間とは打って変わって風は凪ぎ、静かな室内だった。

 二人は廃屋のリビングと思われる部屋に腰を下ろしていた。押し入れから毛布を引っ張り出して、床に広げて二人並んで座り込む。家の中央には大きな暖炉があり、外で乾いた枝を拾ってきてステラの持っていたマッチで火を起こした。

 乾いた木材がぱちぱちと弾け、柔らかな橙の光が室内を満たす。長い間野宿を繰り返してきたステラにとっては、久しぶりに人間らしい寝床だった。


 ステラの大きなカバンからは、丁寧に布でくるまれた缶詰が三つ、そしてどこかで拾ったのかは忘れた金属製のスプーンが出てきた。


「缶詰三つに…食器まであるんだな。旅芸人でも目指してんのか、あんたは」


 イドラが笑いながら、スプーンを器用に指でくるくると回す。そんな彼の足元には小さな布袋が一つだけ。中身は水筒と、ナイフ一本。それだけだった。


「限りある僕の貴重な食糧だ。味わって食べてよ」


「へえへえ、感謝いたしやす」


 明日の食事にも困るような生活は、ステラには考えることができない。あればあるだけため込みたいと思うのは人間の性ではなかったのだろうか。貯蔵するのは動物の中でも人間だけであるとどこかの本で読んだことがある。未来を考えることができるのは人間だけだから、と。

 それ以前に、てっきりイドラはネックレスやアクセサリー類などの死体から奪ったものを持っているのかと思ったが、それらしいものは見つからなかった。

 先ほど捨てたブレスレットも、もしかしたら捨てられない理由があったものだったのかもしれないと、少しの後悔が芽生える。


「ステラの鞄、ちと重すぎやしねぇか?」


「逆にイドラのは軽すぎる」


「軽い方が逃げやすい。大事なもんは、手ぶらで持てるやつに限るのが俺のポリシーだよ」


 そんなことを話しながら、缶詰をつついた。味は薄く、冷たかったが、空腹に勝る調味料はない。暖炉を囲うように座って、久々の食事にがっつくように貪った。

 ステラよりも先に食べ終わったらしいイドラが、敷いた毛布に寝転がる。満足げに結ばれた唇から、小さな鼻息が漏れていることに気づいた。きっと誰かに聞かせるつもりはなかったのだろう。しかし、無意識に奏でられた旋律は思わず聞き入ってしまうような美しいものだった。

 スプーンを握る手を止めた。他人の思い出の中に土足で踏み入るのは良くないことだ。分かっていても尋ねずにはいられなかった。


「その歌、さっきのオルゴールのか?」


 イドラはしばらく返事をしなかった。暖炉の炎がその頬に影を落とし、目元は表情を悟らせなかった。


「さっきふと思い出しただけ。…昔、誰かが口ずさんでいた気がするんだ」


 ぽつりと、まるで他人事のように言った。その声にはほんの少しの湿り気があった。そのままイドラは目を閉じて、言葉を紡いだ。


「ガキの頃だ。こんな風に火を囲んで、くだらない話をしていた。壊れたオルゴールを誰かがよく直そうとしていた。何度壊れても、諦めないで」


 暖炉の火が小さく爆ぜた。


「でも、結局一度もちゃんと鳴らないままだった。あいつはそれでも、毎晩オルゴールを抱えてさ。…俺には最後まで分からなかったな。壊れたものに何の意味があるのか」


 イドラの視線は暖炉ではなく、もっと遠くを見ているようだった。

 ステラは何も言わなかった。ただ、そっと足元に置いた鞄を見やった。オルゴールはその中で、無言で沈むだけだった。



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