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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第一章2 『橋上の愚者』

 草木にのまれた街道を二人は並んで歩いていた。両側にそびえたつビル群は、どれも壁が崩れ、その内側から骨のような鉄骨を覗かせている。

 かつては車が行き交い、人であふれていた舗装路は、アスファルトが裂け、草が割れ目から顔を覗かせている。


「なあ、お前って死ぬの怖いか?」


突然の問いにステラは歩みを止めない。けれどわずかに眉を寄せた。


「…なんで急に」


「いや。ふと気になっただけ。ほら、ここからもう少し行ったところにあるんだってさ。自殺の名所だった橋」


 イドラは手で南東の方角を指さした。


「この辺に住んでた連中、みんなそこで身投げしてたらしい。近しい人が空蝕で亡くなったり、いつ死ぬかわからない恐怖におびえる人たちが将来を悲観して自殺。報われないよねぇ、俺みたいなやつは今でも平然と生き残っているのに」


 ステラは指の差された方角に一瞬だけ視線を投げたが、また前を向く。


「そんな場所にわざわざ行く必要ないでしょ」


「あるさ。遺品漁りも悪くない。ネックレスとか、衣服とか、あとは靴とか?掘り出し物があるかもしれないぞ。いかにも、死体なんてもう残ってるわけないから安心しろよ」


 その台詞に、今まで一定のペースを保っていたステラの歩調がぴたりと止まる。


「イドラが今手首にはめているブレスレット。それは自分のものなの?」


いつもよりも低いトーンの声にイドラは肩を竦めながら言った。


「まさか、俺にそんな金があったと思うか?もちろん頂戴したものだよ、別にいいだろ、持ち主はもうこの世にいないんだから」


 飄々とした声でそう続けるイドラに、ステラは言い様のない怒りがこみあげてくる。その発生源が何なのかは自分でもわからなかった。拳を握りしめて言い放つ。


「捨てろよ」


「誰のものでもないんだ、使ってやった方がこいつも喜ぶってもんさ」


 ステラは顔を顰めて地面に転がっていた空き缶を蹴り飛ばした。


「誰のものでもないならなおさら触れるべきじゃない」


「綺麗事を言って生き延びられる時代じゃない、お前だってわかってんだろ?」


 ステラはその場に立ち止まったまま、無言でじっとイドラの顔を睨んだ。イドラは薄い笑みを張り付けて、だが少し疲れた表情をしていた。


「――ま、同伴者がそういうなら、やめておくよ」


 案外素直にイドラは自分の腕からブレスレットを外し、そこらへんに放り投げた。できれば捨てるときも、もう少し配慮はしてほしかったが、再びそれを指摘するのはさすがに気が引けた。

 しばし二人の間に沈黙が流れる。空を見上げたイドラが、ぼそりとつぶやいた。


「昔、あの橋にはよく人が集まっていた。自殺の名所なんて言われる前にな。俺のダチも眺めが綺麗だからとこぞって見に行っていたもんだ」


「…今も誰かいるの」


「どうだろうな、いないなら美しい景色を独占できていいし、いるならそれはそれで面白いかもな」


 ステラは足を止め、少し考える。ステラのわがままともとれる要求を素直に受け入れたイドラの態度。そして、まるで知っていることのように話をするその姿。自殺の名所にイドラが行きたがる理由も、なんとなく予想がついた。

 ステラはくるりとイドラの指差す方へ方向転換する。それに続いたイドラは、がしっとステラの頭を掴み、わしゃわしゃと撫でてきた。


「っなんだよ」

「衝動的な発作だ、いい子だなぁステラ」


 イドラは再び軽薄そうな笑みに戻っていた。


「このままいけばそろそろ見えるはずだ」


 道の先に、朽ちかけた木橋がその影を落としていた。まるで亡霊がささやいているように、風の中で橋がきしむ音が聞こえた。


***


 橋は、世界の終わりを見下ろすように、廃墟の谷をまたいでいた。谷底に目を凝らすと、かつて川だったはずの黒ずんだ水が遠くで眠っている。下から時折突風が吹き、そのたびに橋全体が微かに軋んだ。

 ステラは橋の中央で立ち止まり、辺りを見渡す。一見誰もいないと思ったが、視線の先には欄干によりかかるようにして座っている人影があった。

 先ほどは冗談の延長で誰かがいるかもといったが、イドラも本当に人がいるとは思っていなかったようで目を凝らしている。


 その人影は髪はぼさぼさ、背を丸めて何かをつぶやいている。目は虚空を見つめているようで、声にならない言葉を繰り返していた。この世界ではよくいる、精神異常者だ。生まれつきか、それとも何かしらのショックで壊れてしまったのか。人類のわずかな生き残りになると、出会う人間の半数以上はこうした廃人ばかりだ。


「まだ生きているっぽいな」


 イドラが言った。どこか興味なさげに近づいていく。

 ステラは目を細め、「やめろ、関わるな」と声をかける。


「別に殺しや死ねぇよ」


 イドラはその人影の数歩手前で足を止め、じっと見つめた。谷底から突風が起こり、コートの裾が揺れる。人影がぐらりと体を揺らす。片足を欄干の向こうに出した。まるで橋の下へと吸い込まれたいとでも言わんばかりに。その様子を見たイドラが吐き捨てるように言った。


「くだらねぇな。橋から片足出したところで、死ぬ勇気なんてねぇのによ」


 その声は風に乗って、乾いた空に溶けた。ステラはその様子をじっと見ていた。


「冷たいな、僕に声をかけた時とはまるで違う」


 イドラは答えずに、錆びた手すりに肘をつき、遠くを見た。


「ああいうやつは案外しぶとい。本当に死にたきゃとっくに死んでるさ」


 どこか遠い国の話をするように、彼は続けた。


「自殺ごっこするだけならタダなんだよ」


 イドラに倣い、ステラも橋から見える景色を眺めた。高台のここから見える景色は、かなり遠いところまで一望することができる。こんな状況下じゃなかったら、その絶景に心を奪われていただろう。しかし、幸先の悪い旅路の幕開けに、景色を楽しむ余裕は持ち合わせていなかった。


二人はそれ以上何も語らずに、橋を渡った。ステラが後ろを振り返ると、橋の上の人影は飛び出していた片足を橋上に戻し、再び蹲っていた。



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