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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第一章1 『方向音痴の男』

 少年は白く乾いた指先を膝に乗せ、目を伏せ、呼吸を潜めていた。

 よく観察して微かに胸が上下するのを確認しなければ、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

 意識的にそうしたわけではないが、寝るときは息を潜めるのが少年の日常に染みついた癖だった。

 その静寂を破ったのは一人の男の声だった。


「おい、生きてる?」


 無愛想に、そして無遠慮にかけられた声に、少年が片目を開けるとそこには、長身の人影が立っていた。

 年はそう取っていない。顔は見えづらいが、二十かそこそこのようだ。

 片目を覆い隠す銀色の髪が、光を阻む雲の下でもぼんやりと輝いている。痩せた体に深緑色の外套。

 足元は右足にブーツを、左足にはサンダルを履いている。そのアンバランスな格好は、まるで夜に迷い込んだ異国の道化のようだった。


「死体かと思ったよ」


 そういって、男は少年の隣に腰を下ろす。少年はいきなりのことに身じろぎ、男を睥睨する。その様子を見て男は口角を吊り上げた。


「最近こんなところで寝るのが流行っているわけ?流行りにはついていけねえなぁ」


「――」


「まぁ俺も大概なところで寝るけどさ、背中痛くなんないの?」


 返事はしなかった。眉をひそめたまま、目の前の男を捉えて離さない。明らかな警戒心を醸し出したが、それに対してもそいつはどこ吹く風の顔をしていた。


「名前、あんの?」


「……お前、頭おかしいでしょ」


 質問に答えず少年はぼそりとつぶやいた。声は小さなものだったが、その言葉は確かに目の前の男の耳に届いただろう。

 その瞬間、大きく目を丸めたかと思うと、男は吹き出した。まるで本当にうれしそうに顔をくしゃっとさせる。その無邪気な笑顔に、少年もほんの少し警戒が薄れる。


「ああ、その通りだよ。お前、面白いな、名前は?」


「……ステラ」


「星か、綺麗な名前だな。尤も、こんな薄汚い地上で光っていても、すぐに埃まみれになっちまう」


「それでも、…僕は生きる」


 思わず答えてしまったのは、決して男の笑顔に絆されたわけではない。久しぶりの自分以外の人間との邂逅に、いつの間にか浮かれてしまっていたのだろう。

 ステラは黙ったまま視線を逸らした。しかし、すぐに次の問いが飛んでくる。


「俺はイドラ、同じように生きてる。俺と一緒に旅でもしねぇか?」


 突拍子もない提案に、思わず顔を上げた。イドラは飄々とした態度を崩さずにこちらに手を差し出す。その目には微かな寂しさを携えている気がした。


「俺、方向音痴で地図が読めねえんだよ、ちょうど案内係が欲しいところだったんだ」


 その言葉が下手くそな理由づけだということは、人下手なステラにもすぐにわかった。けれどなぜだろう。その嘘を責める気にはならなかった。


「なんで僕なんだ」


「滅多にこんな機会ないだろ?人がいたと思えば、気の狂ったやつとか、まだ幼い子供とか。まともに会話ができる人間に会うのは久しぶりなんだよ」


 それでも黙ったままのステラに、イドラは小さく息を吐く。


「ま、嫌だったら断れよ。一人でいるのが性に合ってるなら、それでもいい」


 隣に座る二人の間を一陣の風が通り過ぎて行った。乾いた埃が舞い、イドラの銀髪が靡いた。闇の中で、その存在だけが妙に輪郭を持って輝いているようだった。


「ただ、俺は一人で地図とにらめっこするの、性に合わないんだよな」


 ひどく遠回しな誘い。寂しいとでも言いたいような、そんな表情だ。でも、そんな弱さは見せたくないのだろう。だからこそ、ステラはほんの少しだけ、心が動かされた。

 ステラはおもむろにベンチから立ち上がる。地面に置いた鞄を拾い上げると、そのままゆっくりと歩き出した。


「あれ、振られた?」


「ついて来なよ、一人だと迷うんでしょ」


 イドラは再び声を立てて笑った。ステラは振り返らずに、歩いていく。だが、その頬がほんのわずかに緩んだことにイドラは気づいただろうか。


「はっ、いいセンスしてるよ。よろしくな、ステラ」


 返事はしなかった。ただ、少し足を止めてイドラが隣に追いつくのを待った。終末世界の静寂の中で、ふたつに増えた足音だけが小さく響いていた。


 ***


 イドラがステラを誘った口車もあながち嘘ではないようだった。

 前から行きたかった場所があるとのことで、ステラの持っていた地図を貸すと大喜びしていた。どうやら字が読めないのも本当のようで、ステラはガイド役として役割が求められることになった。


 鞄の奥底で眠るだけだった地図が陽の目を浴びたことはステラにとってもうれしい想定外だった。何でも収集癖があるステラは、一度価値を見出して拾ったものをなかなか捨てられない。

 しかし、旅に同行させておいてその役割を全うしてあげられないことに、少し罪悪感を覚えていたのだ。

 こうして活用する機会があると、収集癖はよりひどくなりそうだが、ステラはそれでもいいと思った。


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