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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第四章1 『時計塔の街』

 まっすぐに伸びる線路の上をステラとイドラは歩いていた。枕木のリズムに合わせるように、ステラが足元を確かめながら前を行き、イドラが外套のポケットに手を突っ込みながら半歩遅れてついてくる。


「なあ、もし一生線路の上しか歩くなって言われたら、どうする?」


 唐突にイドラが口を開いた。


「なんだその質問、もちろん嫌だよ」


 そもそも質問の意図が意味不明だ。線路で生活することと同義なのか、それとも歩みを止めてはいけないのか、前提条件が曖昧過ぎて話にならない。


「お前、つまんない奴ってよく言われるだろ」


「イドラこそ、答えが欲しくて質問したわけじゃないだろ。真面目に考えるだけ無駄だよ」


 ステラは淡々と返しつつ、前を向いたまま息を吐く。


「でもまあ、線路って目的地があるって感じがして嫌いじゃない」


「ほう、哲学少年だな」


「違う。…ただ、どこにも辿り着かない道よりはマシってだけだ」


「そうか?俺はどこにも着かない方が気楽だけどな」


 話を始めたのはイドラの方なのに、勝手に線路を歩くというお題から逸れて、歩く道の方向性についての話になっている。それならばステラだって線路なんか選ぶわけないじゃないか、と不満に思った。


「目的地が決められてるって退屈じゃねえか。誰かが設定したゴールなんて碌な場所じゃねぇしな。だったらどこへ行くかわからない道の方がワクワクするだろ?」


「ワクワク?お前、意外と感性が子供だな」


「お前がジジくさいだけだろ、ガキのくせに愛嬌がねぇ」


 イドラは肩を竦めた。どちらからともなく、かすかな笑いが漏れた。風が線路をなぞるように吹き、草むらを揺らす。ふたりはそれぞれのテンポで枕木を踏みながら、無言の時間をしばし共有する。


「腹減らないか?」


 再びイドラが静寂を破った。突然そう言うと、ステラの答えを待たずにポケットの中をごそごそとかき回し始める。やがて目的のものを見つけると、ステラの目の前に手のひらを差し出して、二つのキャンディを出した。


「食えるのか?最低でも七年以上前のだろ」


「いやいや何言ってんだ、飴だぞ?しかも未開封。この前見つけた家でかっぱらってきた」


 なぜ飴にそれだけの信頼を寄せているのかはわからないが、ステラは受け取ろうとしなかった。死因が賞味期限切れの飴だなんて死んでも死にきれない。


「飴玉でお陀仏なんて僕は御免だよ。それに、イドラがそれでお腹壊したら、その滑稽な姿を笑ってあげる奴が必要だろ?」


「あーしらねっ。いいよ俺一人で食うから」


 そういうとイドラは一つの飴を開封して口に放り込んだ。見た目に問題はなさそうだった。大切なのはその味だが、どうやらそれも杞憂のようで、久々の甘味に顔をほころばせている。


「うっめぇー!久々の砂糖が乾いた体に沁み渡るなぁ」


「食中毒っていうのは大体遅効性だから気をつけろよ」


「強がんなよ、欲しくなったら一つ残しておくから」


 まるで勝ち逃げされたようで悔しいが、素直に言うのは癪に障るから返事はしなかった。

 その時、ステラの頬にそっと冷たい感触が触れる。息を吐くと、それは白く曇った空気に変わって浮かび上がった。いつのまにか視界は段々と白に染め上げられていることに気づく。


「ねえイドラ。これって、雪かな」


「久しぶりだな、雪なんて。もうそんな季節だったか」


 分厚い灰色の雲に、大気中に舞う雪が地面と空の境界線をぼやかしていく。雪は音もなく降り続き、錆びた線路を辿って歩き続けてきた二人の痕跡をそっと埋めた。凍てつく空気を吸い込めば、肺が凍りそうな気温だ。早くも手の先が悴んでくる。


「…見えてきた」


 ステラが指さす先には、灰色の瓦礫にまみれた建物群の向こう、高く伸びる塔が建っていた。時計の針は動かない。鳴らない鐘は、今も沈黙を保ったまま、天を切り裂くように屹立している。


「ここが時計塔のある街か」


 イドラは微かに目を細めた。二人は近くにあった踏切へ向かう。閉じたままの遮断機をくぐり抜けて街の中へと足を踏み入れた。空気は悴むほどに冷たいが、街に入ると少しだけ温かい気がした。誰もいないはずなのに、どこか人の気配を残しているからだろうか。


 時計塔の街はステラとイドラが今まで尋ねてきた街の中でもダントツに大きかった。住宅もたくさん並んでいるが、公共施設にも充実しているようで、小学校や老人ホーム、公民館など大きな建物がその形を保ったまま時の重さに沈んでいる。


「早めに泊まるところを決めねえと、寒すぎてここに骨を埋めることになるぜ、傘とかねぇのかよ旅芸人」


「拾っておけばよかったんだけど、あいにく落ちているのは芯が折れたりビニールが破けたものばっかでさ。雪がひどくなる前にさっさとどこかに入っちゃおう」


 そういうと、二人の足は自然と同じ方向へと向かっていた。目指すは大きな時計塔。こんなに大きな建築物を前にして無視するのも無礼というものだろう。首を目一杯上に向けてもその全てを視界に入れるのが難しいほど、時計塔は高く、高く聳え立っている。


「ここから入れるみたいだぜ、行こうぜ」


 イドラが内部へ続く階段を見つけたようで、二人は時計塔の中に足を踏み入れる。鍵がかかっているかと思ったが、長年の錆と風化が原因か、鍵としての機能が失われたドアは簡単に開けることができた。

 中に入ると二人は思わず感嘆の声を上げた。大小様々な歯車が広い内部空間を埋め尽くして稼働していた。ステラの身長の三倍ほどの大きなものもあれば、両手で持てそうなほど小さいのもあった。まさにピンからキリまで様々だ。

 その働きは最後の点検からおよそ七年という年月の重みを全く感じさせないほど、力強く動いていた。


「階段はこれか…ちょっと頼りないけど大丈夫かな」


「弱気だなぁ、ステラちゃん。鉄でできてるからそこらの階段よりも丈夫だろうよ」


 イドラの鉄に対する安心感はいったいどこからくるのだろうか。先ほどの飴といい、鉄といい、彼の鑑定眼に少し不信感を抱く。


「鉄が丈夫とかじゃなくて錆びてるのが不安なんだよ、劣化してて折れちゃうかもしれないし」


「俺が先に行くから、ステラは付いてこいよ。それで安心だろ?」


 逡巡の色も見せずにひょいと階段を上る。ひやひやしたが安全性に問題は無さそうだった。ステラもそれに続き、階段を上っていく。どこへ続いているのかわからない長い階段を上り続ける。手を伸ばせば触れられそうなほど近くにあった巨大な歯車をじっと眺める。


「そんなに身を乗り出してると挟まれるぞ」


 上からイドラの声が降ってくる。その声に思わず身を引き下げると歯車が眼前を通り過ぎていった。


「すごい機械仕掛けだな…」


「感心してねぇで早く上がってこいよ、上にドアがあるぞ」


 イドラとの距離はかなり離されていた。ステラは慌てて階段を駆け上がる。


 ギィ…と長い螺旋階段の最後の一段を踏むと、重厚感のあるレンガの扉が目の前に現れた。一足先についていたイドラは扉の前で立ち止まり振り返る。


「…随分と体力が無ぇもんだな、大丈夫か?」


「お前が怖いもの知らずで突っ走ったんだろ、僕は慎重派なんだ」


「俺が安全性を確かめてんだからお前は悠々闊歩してくればよかったのに」


 少し言い合いをしたが、悪い気分はしない。こんな会話がデフォルトになりつつあることに、ステラは少しため息を吐いた。

 イドラは手袋を外して金属製のドアノブにゆっくりと触れる。重い音を立てて扉を押し開けると、風が二人の髪を攫った。


 視界が一気に開ける


 冬の空の下は澄み切っていて、街の輪郭がまるで模型のようにくっきりとよく見えた。白く覆われた家の群れ、存在感を放つ尖った教会の屋根、線路が伸びていく方向まですべてが見える。


「…すごいな」


 イドラはぽつりと漏らした。


「ここからなら、街の全てを見渡せる…でも誰もいねぇ」


「うん、それでも残ってる。街の形も、建物も、塔も」


 ステラが被せるように呟いた、その瞬間だった。


――ゴォォン


 空をも震わせるような音が、白に染まった街に落ちる静寂を破り鳴り響いた。


「……!」


 二人が息を呑む。

 塔の鐘が、一年に一度だけ鳴るという鐘が、まるで生き残った二人を待っていたように、世界に鳴り響いた。

 雪が風で舞い上がり、ふわりとその方向を変える。空気の振動を敏感に受け取った白く小さな粒子たちが、まるで踊っているようにステラたちの周りを舞った。

 胸の底に重く響くような鐘の音は不思議なほどに心地よく感じた。


「ねぇ、イドラに誕生日てある?」


 不意にステラが訊いた。脈絡のないその質問にイドラは首を傾げた。少し考えてから返事をする。


「…そういやぁ、俺がいつ生まれたかなんて知らないな。親もいねぇし。だいいち記録もなけりゃ、祝ってくれる奴もいなかったからな」


イドラは塔の淵に腰を下ろし、空を見上げる。雪が銀の睫毛にかかっても、彼は払おうとしなかった。その横顔は雲の奥、雪の向こう側まで射抜くような鋭い、それでいて寂しげな目線だった。


「だったらさ、今日にしない?」


「…は?」


「今日がイドラの誕生日。僕が今決めた。年に一度しか鳴らない鐘の音を、イドラが生まれた証にするってのはどう」


 イドラはほんの少しだけ瞳を揺らした。一瞬の沈黙ののち、ふっと白い息を吐きだして笑う。


「…勝手な奴だね、お前」


「ほら、さっきの飴のせいでイドラが死んでも、この音を聞けば思い出せる。嫌でも、思い出すでしょ」


――ゴォォン


 鐘が、また空気を揺らした。

 雪の中、塔の上で二人は言葉を発さなかった。けれど、その沈黙は決して重苦しいものではなく、むしろ何かが静かにほどけていくような、あたたかな静寂だった。


「それなら、このバカうるせぇ音も嫌いになれねぇな」


 ステラはその言葉に小さく頷いた。そして、その体には不釣り合いに大きなコートのフードを深くかぶり、街をただ見下ろしていた。



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