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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
過去編

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第9話:消えないもの

その日、空気はやけに静かだった。

風はあるのに、音が少ない。

森のざわめきが、どこか遠く感じる。


「……変ね」

リナが小さく呟く。

「気づいたか」

カイの声は低い。

「昨日と違う」

「ええ……なにか、重いわ」


空気が沈んでいる。

まるで、何かを押し込めているような感覚。


足は自然と、あの畑へ向かっていた。

約束したから。

また来ると、言ったから。


「……カイ」

「ああ」

言葉にしなくても分かる。

気配が、濃い。

昨日よりも、明らかに。


柵が見えてくる。

畑は――荒れていた。

土が抉られ、植えられていたはずの野菜が散らばっている。


「……そんな」

リナの足が止まる。

昨日まで、あんなに整っていたのに。


「エマ!」

声を張る。

返事はない。

その代わりに――

黒いものが、ゆっくりと動いた。


影だった。

昨日見たものよりも、はっきりと“形”を持っている。

大きく、そして歪んでいる。

「……っ」

リナが剣を構える。

手が、わずかに震えた。


「待て」

カイが低く言う。

「……違う」

「何が?」

「あれは――」

言いかけて、止まる。


影の奥に、何かが見えた。

人の形。

倒れている。

「……おじさん?」

リナの声がかすれる。


「リナ、下がれ」

カイが一歩前に出る。

その目が、わずかに色を変える。

茶色だった瞳が、ゆっくりと琥珀に揺れる。


影が、動いた。

ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。

その動きは――どこか、迷っているようだった。


「……どうして」

リナが呟く。

あのときと同じ。

ただ襲ってくるだけじゃない。

そこに“何か”がある。


「……この影、消えないわ」

直感だった。

剣を握る手に、違和感が走る。

「違う……」

一歩、踏み出す。

「“消えたくない”のね」


カイが息を呑む。

その言葉に、はっきりと反応した。

影が、わずかに揺れる。

まるで――応えるように。


「リナ、下がれ」

さっきよりも強い声。

「それは普通の影じゃねえ」

「分かってるわ」

リナは視線を逸らさない。

「でも……」

剣を握る。

震えは、もう止まっていた。


「このままじゃ、誰かを傷つける」

それは、確かな事実だった。

どんな理由があっても。

影が、大きくうねる。


感情が渦を巻くように。

悲しみ、後悔、そして――

“守りたい”という強い意志。


「……っ」

リナが走る。

剣を振る。

水の魔法を纏わせる。

斬る――


けれど。

影は、消えなかった。


「なっ……」

確かに当たっている。

削れているはずなのに、形が崩れない。

「言っただろ」

カイの声が響く。

「それは“残ってる”やつだ」

カイが前に出る。

炎が剣に灯る。

その色は、いつもより濃い。


「核がある」

「核?」

「それを消さねえと終わらねえ」

カイの視線が、影の奥を射抜く。


「……やだ」

リナの動きが止まる。


「……エマ?」

影の中から、かすかな声。


「やだ……いかないで……」

胸が、締めつけられる。


「……ここに、いるの?」

リナが一歩近づく。


「エマ、いるのね?」

影が、揺れる。

大きく、強く。


「来るな!」

カイが叫ぶ。

でも――


「約束したの」

リナは止まらなかった。

「また来るって」

一歩、また一歩。

「守らないと」


影が、腕のような形で伸びる。

リナに向かって。


その瞬間。

カイが動いた。

リナの前に割り込む。


剣を振る。

炎が、影を裂く。

「……っ!」

影が大きく揺れる。

一瞬だけ、形が崩れる。


その奥に――

小さな光が見えた。

「……あれが核だ」

カイが低く言う。


「リナ!」

名前を呼ばれる。

はっとして、顔を上げる。


「やれるか」

一瞬の迷い。

でも――


「……ええ」

頷く。

水が、手の中に集まる。

揺れる。

崩れそうで、でも――保つ。


母に教わった感覚。

走る。

影の中へ踏み込む。

怖い。

でも、止まらない。

光に手を伸ばす。

触れた瞬間。

何かが流れ込んできた。


笑っているエマ。

畑で笑う父。

手を引かれる小さな手。


「……やだ……」

声が響く。

「まだ、一緒にいたい……」

涙が、こぼれた。


「……ごめんね」

リナが呟く。

「でも――」

手に力を込める。


「もう、大丈夫よ」

光が、ほどける。

 やわらかく、消えていく。

 影が、静かに崩れていった。

 そこには、何も残らなかった。

 ただ――

倒れたままの、おじさんの姿

呼びかけても、返事はなかった。

その体は、もう動かなかった。


その夜。

リナはただ、手を見つめていた。

「……消えた」

小さく呟く。

「ちゃんと、消えたのに」


胸の奥が、重い。

分からない感情が、残っていた。

 

「あれは、もう“エマ”そのものじゃなかった。

ただ…残っていた想いだけが、そこにあったんだ。」

カイは、少しだけ目を伏せた。


それが何なのか、知っているかのように。


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