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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
王都北編

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スピンオフ2:遠くても、ちゃんと繋がってる(ミア&キース牧場編)

これは、ミアがキースの家族と牧場に触れ、遠くても繋がっていると確かめる後日談。

番外編

―遠くても、ちゃんと繋がってる―



秋の空気は、少しだけ冷たかった。

乾いた風が頬を撫でるたびに、遠くまで来たんだと実感する。


「……いた……」


ミアは、厩舎の入口で足を止めた。

干し草の匂い。

土の匂い。


そして――

馬の吐く、あたたかい息。

その中に、見慣れた背中があった。


「キース!」


ぱっと顔を上げて、振り向く。


「……ミア?」


一瞬、驚いた顔。

それから、すぐに柔らかくなる。


「来るなら言えよ」


「言ったら驚かないでしょ?」


ミアは笑いながら駆け寄る。

そのまま――勢いよく抱きつこうとして。


「待て待て待て!」


がしっと止められた。


「汚れてる!」


「別にいいじゃない」


「よくねえよ、ほら見ろ」


腕も服も、藁と土で汚れている。


「……気にしないのに」


少しだけ唇を尖らせるミア。

キースは一瞬だけ言葉に詰まってから、視線を逸らした。


「俺が気にする」


ぼそっと。


「……」


ミアは少しだけ目を細めて、それからくすっと笑う。


「じゃあ、早く綺麗になって」


「……分かったよ」


軽くため息をついて、汚れた手袋を外して厩舎の外で手を洗う。


ミアが外に置いていた大きな荷物を持って、反対の手でそっと手をつなぐ。


「一回家戻るぞ」


家の中は、思っていたよりもずっと賑やかだった。


「だからそれはまだ早いって言ってるでしょ!」


「でも先に準備した方が――」


声がぶつかる。

玄関を開けた瞬間、空気が止まった。


「……え?」


双子が、同時にこちらを見る。

ミアと目が合ったまま、完全に固まる。


「……誰?」


小さく呟いたのはランだった。


「客だ」


キースが短く言う。


「……ミアよ、はじめまして」


軽く頭を下げる。

その瞬間。


「いらっしゃい!」


ぱっと明るい声が響いた。

奥から出てきた少しふくよかな女性が、少し奥の調理場らしき所からゆっくりと出てくる。


――にこっと笑う。


「母さん」


キースが母親を紹介する。


「こんにちわ!ミア キャンベルです。」


「よく来てくれたわね、シーアよ。キースから聞いてたわ」


「え、あの……」


「長旅だったでしょ?疲れてるわよね、お腹空いてない?」


ぐいっと距離を詰められる。

温かい。

一瞬で分かる人だった。


「ラン、部屋準備してあげて」


「やだ」


即答だった。


「なんでよ」


「やだ」


そっぽを向いて、外へ走っていく。


「ちょっとラン!」


「……すみません」


ミアが小さく頭を下げる。


「いいのよ」


シーラは気にした様子もなく笑う。


「あとでどうにかするから」


そして、くるっとキースを見る。


「早く着替えてきて、街を案内してあげなさい。汚れてるわよ。ほら、早く早く!」


「……分かった」


キースは少しだけ気まずそうに頭をかいて、奥へと引っ込んでいった。


その背中を見送ってから、シーラはふっと柔らかく笑う。


「ごめんなさいね、あの子。仕事中はああなのよ」


「いえ……」


ミアは小さく首を振る。

ふと、テーブルに軽く置かれた皿に気づく。

焼きたてのパンと、簡単なスープ。


「長旅だったでしょ。少しでも食べておきなさい」


「ありがとうございます」


一口飲むと、じんわりと体に染みる。

その様子を見て、シーラは満足そうに頷いた。


「馬車ってね、揺れるのよねぇ。お尻、痛くない?」


「……ちょっとだけ」


正直に言うと、シーラはくすっと笑う。


「やっぱりね。あとでクッション持たせるわ。あの子、そういうとこ気が回らないから」


「そんなことないと思います」


思わず返すと、シーラは少しだけ目を細めた。


「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ」


軽やかに返しながらも、どこか嬉しそうだった。


「もうすぐね、あの子の弟と妹も学園に行くのよ。来年の春から」


「双子なんですか?」


「ええ、レンとラン。賑やかでしょ?」


少しだけ肩をすくめる。


「キースも昔はあんな感じだったのよ」


「……想像できません」


ミアが小さく笑うと、シーラも笑った。


「見た目はね、お父さんそっくりなの。ああいう不器用なとこも」


少しだけ視線を遠くにやる。


「でもね」


一拍。


「人を見る目は、ちゃんとある子よ」


静かに、でも確信を持って言う。

その言葉に、ミアの胸が少しだけ温かくなる。


(……いい家族だな)


ふと、思う。

自分にはなかった、当たり前の距離。

でも、どこか――羨ましい。


そのとき。

コツ、コツ、と階段の音。


シーラの視線がすっとそちらに向く。

一瞬で気づいたようだった。


「ほら、来た」


軽く笑って、立ち上がる。


「じゃあ、あとは任せたわ」


キースが降りてくる。

さっきより整った姿。


「ミア、行くぞ」


「あ、うん」


立ち上がると同時に、シーラが何かを差し出した。


「これ、クッション。馬に乗るなら挟んどきなさい」


「あ……ありがとうございます」


「それと」


にこっと笑う。


「初めてでしょ?最初は力抜いて、体預けるのよ」


くるっとキースを見る。


「ちゃんと支えなさいよ」


「分かってる」


「あと、街の東側のパン屋、あそこ美味しいわよ。持ち帰りできるから寄ってきなさい」


「……覚えとく」


軽く手を振る。


「いってらっしゃい」


その声に背中を押されるように、二人は外へ出た。


馬は、思っていたよりも大きかった。


「こわい?」


「ちょっとだけ」


「大丈夫だ」


キースが手を差し出す。


「乗せるから」


腰に手が回る。

ぐっと引き上げられて、視界が一気に高くなる。


「……近い」


「落ちる方が問題だろ」


当たり前みたいに言う。

シーラにもらったクッションをお尻に挿みながらミアは小さく笑った。


背中に、キースの気配。

すぐ後ろにいる。


風が通る。

草原を抜けて、道を進む。


湖に着いた頃には、空が少しだけ傾いていた。


「きれい……」


水面が、光を反射して揺れる。


「よく来るの?」


「たまに」


並んで座る。

買ってきた簡単な昼食を広げながら、自然と話が始まる。


風が、少しだけやわらかくなっていた。

湖の水面が揺れるたび、光が跳ねる。

ミアは膝を抱えて、少しだけ前を見ていた。


「……静かね」


「そうだな」


キースも隣で同じ方向を見る。

少しだけ、間が空く。

でも、不思議と居心地は悪くない。


「ねえ」


ミアが小さく呼ぶ。


「ん?」


「こうやって、二人でいるの……久しぶりだね」


キースは少しだけ目を細める。


「ああ」


短く答える。

でも、その声は少しだけ柔らかい。

ミアが、ゆっくりと視線を向ける。


「ちゃんと会って話すの、全然できなかったもんね」


「……忙しかったしな」


「言い訳?」


少しだけ意地悪く笑う。

キースは一瞬言葉に詰まってから――


「……悪かった」


素直に言った。

その返しに、ミアの方が驚く。


「え」


「その顔やめろ」


「だって、そんなすぐ謝ると思わなかった」


「思ってなくていい」


ぶっきらぼうに言いながら、視線を逸らす。

でも。

少しだけ耳が赤い。

ミアは、くすっと笑った。


「……でも、来てよかった」


小さく言う。


「会えたし」


その言葉に。

キースが、少しだけ真面目な顔になる。


「……俺も」


一拍。


「来てくれて、嬉しい」


ちゃんと、目を見て言った。

ミアの心臓が、少しだけ跳ねる。


風が吹く。

髪が揺れる。


そのまま――

ミアが、ほんの少しだけ距離を詰めた。

肩が、触れる。


「……ね」


「なんだ」


「もうちょっと、こっち来て」


「は?」


「いいから」


袖を、軽く引く。

少しだけ強引に。

キースがわずかにバランスを崩して、距離が近くなる。


「……近い」


「さっき自分で寄ってきたでしょ」


「それとこれとは別だ」


ミアは笑う。

そのまま、少しだけ体を預ける。


「こういうの、嫌?」


「……」


一瞬の沈黙。


「……嫌じゃねえ」


低く、静かに。

ミアは少しだけ目を閉じる。


「じゃあ、いいじゃない」


時折動く水面に少し大きな鳥が舞い降りている。


「家、にぎやかだったね」


「うるさいだろ」


「いいね、楽しそうで」


ミアは笑う。

少しだけ間を置いて。


「……羨ましい」


ぽつりと落ちた言葉。

キースが、横を見る。


「……お前んとこは」


「おばあちゃんだけ」


でも、と続ける。


「自由にしていいって言ってくれてるの」


少しだけ誇らしげに。


「だから、来たんだ」


視線が合う。

夕日が、長い寄り添った一つの影を作り出す。


「……ありがとな」


キースが言う。


「来てくれて」


ミアは少しだけ驚いて、それから笑う。


「当たり前でしょ」


夕日が、長い寄り添った一つの影を作り出していた。



二日目の朝は、早かった。

鶏の鳴き声で目が覚める。


「……ほんとに鳴くのね」


ぼそっと呟きながら外へ出ると、もうキースは働いていた。


「おはよ」


「起きたか」


「手伝うわ」


その一言に、少しだけ驚いた顔をする。


「できるのか?」


「やってみる」


土に触れる。

水を運ぶ。


ぎこちないけど、真剣に。

遠くで、父――アレンが見ていた。


「……あの子か」


ぽつりと呟く。

キースが少しだけ肩をすくめる。


「そうだ」


アレンはしばらく黙って、それから言った。


「お前が決めたなら何も言わん」


短く、重い言葉。


「……ただし」


視線が鋭くなる。


「責任は取れよ」


キースは、真っ直ぐに頷いた。


「分かってる」


ミアは少し離れた場所で、キースの仕事ぶりを眺めていた。

無駄のない動き。

馬の扱いも、道具の扱いも、自然で――慣れている。


(ちゃんと、ここで生きてるんだな)


そんなことを思っていると。


「疲れたか」


低い声が、横からかかる。


「……いえ、ちょっと見てたくて」


振り向くと、そこにいたのは――キースによく似た男。

けれど、少しだけ落ち着いていて、空気が違う。


「お父さん……ですよね」


「ああ」


短く頷く。

アレンはミアの隣に立ち、同じようにキースへ視線を向けた。


「まあ、あいつなりにやってる」


ぶっきらぼうに言いながらも、その目はちゃんと見ている。


(……似てる、見た目も雰囲気も)


そして少しだけ視線を細める。


「人を見る目は、あいつなりに持ってる」


その言葉に、ミアは少しだけ驚く。


「……そうなんですね」


「ああ」


短く返してから、少しだけ間を置く。


「今夜、子馬が生まれる」


「え?」


「多分な。様子見てるが……まあ、来る」


淡々としているが、確信がある声。


「運が良けりゃ、見られるぞ」


「……初めてです」


「だろうな」


少しだけ頷く。


「いいもんだ」


ぽつりと。


「命が増える瞬間は」


その言葉は、静かだった。

でも、重みがあった。


「……あいつも、そういうの見て育ってる」


キースの方へ視線を向ける。


「だからまあ、ああ見えて」


一拍。


「簡単に手放すタイプじゃない」


その言葉の意味に、ミアの胸が少しだけ熱くなる。


「……はい」


小さく、頷く。

アレンはそれを横目で一度だけ確認して。


「……あとは、お前次第だな」


さらっと言う。

重くも軽くもない。


ただ、事実として置く。

そのあと、ふっと息を吐いて。


「シーラがまた余計なこと吹き込んでないといいが」


ぼそっと呟く。


「え?」


「いや」


少しだけ肩をすくめる。


「うちのは世話焼きだからな」


でも、その口元はほんの少し緩んでいた。


(好きなんだな)


そう思えるくらいには、分かりやすい。

そのとき。


「おい、親父」


キースの声。


「手、空いてるか」


「ああ」


すぐに返す。


「今行く」


それだけ言って、アレンはもう動き出していた。

迷いもなく、いつもの場所へ戻っていく。


その背中は――

静かで、大きかった。



夕方。

作業も一段落して、ミアは一人で家の中に戻っていた。


「ふう……」


少しだけ汗をかいている。


「お風呂、借りてもいいかな……」


昨日使わせてもらった要領で準備しながら、誰もいないのを確認して、そっと浴室へ入る。


慣れた手つきで出てくる水を魔法で温めながら、溜まるのを待つ。

浴室に湯気が、やわらかく広がる。


「……気持ちいい」


肩まで浸かって、息を吐く。

一日の疲れが、ゆっくり溶けていく。


――そのとき。


カチャ。

小さな音がした。


「……?」


気のせいかと思った。

でも。


「……あれ?」


扉を開けようとして――

開かない。


「え?」


ガチャ、ガチャ。

動かない。


「ちょっと待って、嘘でしょ……?」


外から、小さく笑い声がした。


「……ラン?」


返事はない。

でも、気配はある。


「ちょっと!開けて!」


しばらく沈黙。

そして、ぱたぱたと遠ざかる足音。


「えええ……」


完全に閉じ込められた。

しかも――


「……どうしよう」


裸。

服とタオルはドアの外に置いてある。

状況が最悪すぎる。


数分後。

足音が戻ってきた。


「ラン!?」


「……なにしてる」


聞こえてきたのは、別の声だった。


「キース!?」


外で、一瞬の沈黙。


「……は?」


「閉じ込められたの!ランに!」


また沈黙。


「……あいつ」


低い声。


「ちょっと待ってろ」


ガチャ、と鍵が動く音。

ゆっくりと扉が開く。


「――」


目が合う。

一瞬で、時間が止まる。

ミアは、慌てて後ろを向いて体を隠す。


「ちょ、ちょっと待って!」


「いや見てねえ!」


キースも勢いよく顔を逸らす。

でも、距離が近い。


「……タオル取ってくれる?」


「……ああ」


後手でタオルを差し出してくれるのを遠慮がちに掴んで体に巻き付ける。。


同時に湯船から出ようとしたその時、慌てたからなのか手が滑ってしまった。


「きゃっ!」


ぐらっと体が傾く。


「っ」


「危ねえ」


支えられる。

距離が、一気に近づく。

お互い、止まる。


「……」


「……」


沈黙。

近い。

息が、かかる距離。


「……ありがと」


小さく言う。


「……ああ」


視線を逸らしたまま、答える。

支えられた力強い腕に、ミアの心臓はしばらく高鳴ったままだった。



「ラン」


低い声が響く。


「……なに」


「やりすぎだ」


「……だって」


「だってじゃねえ」


少しだけ、強い声。

ランが唇を噛む。

少しだけ、俯いて――


「……だって」


小さく、でもはっきりと。


「お兄ちゃん、取られるみたいで嫌だったの」


空気が、止まる。

キースが一瞬言葉を失う。

ランは顔を上げないまま続ける。


「ずっと、あたしだけだったのに」


ぽつりと。


「……お兄ちゃん、大好きなのに」


その言葉は、拗ねているだけじゃなくて。

ちゃんと、寂しさが混ざっていた。


沈黙。

キースが小さく息を吐く。


「……取られねえよ」


ぶっきらぼうに言う。

ランが顔を上げる。


「ほんと?」


「家族だろ」


短く、でもしっかり。


「変わんねえよ」


ランの目が、少しだけ揺れる。

そのあと。

ちらっとミアを見る。


ほんの少しだけ警戒は残ってる。

でも――


「ごめんなさい」


小さな声で謝った。

さっきよりは、少し柔らかい。

ミアが、そっと笑う。


「……大丈夫よ」


優しく言う。


「私、奪いに来たわけじゃないから」


ランがまた目を逸らす。


「……別に」


少しか弱い声が、ミアの心に届いた。



その夜。


「産まれるぞ」


低く、短い声。

アレンの一言で、空気が一変した。

厩舎の中。

母馬が落ち着かず、何度も足を踏み鳴らしている。


「シーラ、水と布、もう一度確認だ」


「あいよ」


シーラは手際よく動きながら、ランに声をかける。


「ラン、こっち持ってきて」


「はい!」


さっきまでの拗ねた様子はもうない。

真剣な顔で走る。

少し離れた場所では、レンが不安そうに様子を見ていた。


「……大丈夫かな」

小さく呟く。

キースは母馬のそばにしゃがみ、静かに声をかけている。


「落ち着け……大丈夫だ」


その手は、しっかりと、でも優しく触れていた。

ミアは少し離れたところで、その様子を見ていた。


(……私も、何か)


誰も余裕はない。

みんな、自分の役割で精一杯。

だからこそ、自分で見つけるしかない。


冷たい空気。

震える母馬の体。

ミアは一歩踏み出す。


「……空気、整える」


小さく呟き、手をかざす。

火と風。


ほんのりと温かい空気が、ゆっくりと広がっていく。

強すぎないように。

母馬を驚かせないように。


「……いいな」


アレンが短く言う。

それだけで、十分だった。

ミアは頷き、集中する。


「頑張って……」


誰にともなく、声をかける。

時間の感覚が曖昧になる。


荒い呼吸。

張り詰めた空気。

汗が滲む。


「もう少しだ」


キースの声。

アレンが位置を調整する。

シーラが素早く動く。


「ラン、こっち!」


「うん!」


「レン、無理するな、そのままでいい!」


「……はい!」


それぞれが、ちゃんとそこにいる。

そして――


「……来るぞ」


一瞬の静寂。

次の瞬間。


ぬるりと、小さな命がこの世界に滑り落ちた。

息を呑む。

音が、止まる。


「……」


誰も、すぐには声を出せなかった。

やがて。

小さな体が、ぴくりと動く。

震えながら、呼吸を始める。


「……生きてる」


レンの声が、かすかに震える。

母馬が鼻を寄せる。

舐める。

確かめるように。


「……すごい」


ランが、ぽつりと呟いた。

その目は、まっすぐミアを見ていた。

さっきまでとは違う。


少しだけ――認めるような色。

ミアは、何も言わずに微笑む。


そのとき。

子馬が、ゆっくりと足を動かした。

立ち上がろうとする。

何度も、よろけながら。

それでも。


「……立つぞ」


キースの声。

全員が見守る。

そして――

ぐらりと揺れながらも、子馬は自分の足で立った。


「……っ」


思わず息が漏れる。

命が、そこにある。

確かに、生きている。

汗だくのまま、誰も動かない。


ただ、その光景を見つめていた。

静かで。

でも、確かな温もりが、そこにあった。



帰る日の朝。

澄んだ空気。

少し冷たい風が、牧場を抜けていく。


馬車の時間までは、まだ少しある。

家の前。

全員が、自然と集まっていた。


「もう行っちゃうのねぇ……」


シーラが、少しだけ名残惜しそうにミアの手を取る。


「でも、無理しちゃだめよ?あんまり詰め込んでると、体が持たないんだから」


「はい」


ミアは、少し笑って頷く。


「また来ます」


その言葉に、シーラはぱっと明るくなる。


「ええ、もちろん!いつでもおいで!」


くるっと振り返って、


「部屋もそのまま使えるようにしとくから!」


「母さん、それは気が早い」


キースが呆れたように言うが、


「いいのよ、こういうのは準備が大事なの!」


と、全く気にしていない。

その様子に、ミアは思わず小さく笑った。

アレンが一歩前に出る。


「……来るタイミングは気にするな」


短く、しかしはっきりと。


「この場所は、ずっとここにある」


その言葉は、変わらないものを示していた。


「……はい」


ミアは静かに頷く。

レンが少しだけ前に出る。


「……あの」

少し緊張した様子で。


「来年、学園に入ったら……その……色々、教えてもらってもいいですか」

真面目な目。


「俺、まだ知らないこと多くて……」


ミアは、優しく笑った。


「もちろんよ」


「分からないことがあったら、何でも聞いて」


「……はい」


少しだけ安心したように頷く。

その横で、ランが腕を組んでいた。


「なにそれ、真面目すぎ」


「いいだろ別に」


「固いのよ、あんたは」


軽く肘でつつく。

でも。

すぐにミアの方を向いて、


「……でもさ」


少しだけ視線を逸らしてから。


「昨日の、すごかった」


ぼそっと。


「魔法。ちゃんと見てたし」


一拍。


「……ちょっとだけ認める」


素直じゃない言い方。

でも、十分だった。

ミアはふっと笑う。


「ありがとう」


「その代わり!」


ランが指を立てる。


「学園に行ったら、街、案内してよね!」


「いいわよ」


「絶対だからね!」


「約束する」


その言葉に、ランは満足そうに頷いた。

キースが軽く息を吐く。


「……じゃあ、行くか」


「うん」


ミアは最後にもう一度、みんなを見る。

温かい場所。

少しだけ――胸が締まる。


(……いいな)


言葉にはしない。

でも、確かに残る。

そして二人は、歩き出した。


馬車乗り場までの道。

ゆっくりと、並んで歩く。

風が、草を揺らす。


「……あっという間だったな」


キースがぽつりと言う。


「うん」


ミアも頷く。


「でも、すごく濃かった」


少し笑う。


「いいとこだね、ここ」


「ああ」


キースも、同じ方向を見る。

少しの沈黙。

でも、嫌じゃない。


「今度は」


キースが口を開く。


「俺が行く」


「え?」


「王都」


まっすぐに言う。


「顔出す理由くらい、作れる」


少しだけ口元を上げる。


「会いに行く」


その言葉は、軽くない。

ミアの胸が、少しだけ熱くなる。


「……うん」


そして。

キースは、足を止めた。

馬車が見える。

もうすぐ、別れ。

一歩、近づく。


「ミア」


名前を呼ぶ。


「俺は――」


一瞬だけ、言葉を選ぶ。

でも、逃げない。


「お前がいい」


はっきりと。

迷いなく。

ミアの目が、少し見開かれる。


「今はまだ、全部揃ってるわけじゃない」


自分の手を見るように、少しだけ視線を落とす。


「家のこともあるし、まだ足りない」


でも。

顔を上げる。


「だから、待たせるかもしれない」


一歩、近づく。


「それでも」


静かに、強く。


「迎えに行く」


空気が止まる。

ミアの胸の奥で、何かがほどける。


「……うん」


小さく頷く。


「待ってる」


その言葉に。

キースが、ぐっと距離を詰めた。


抱きしめる。

強く。

思っていたよりも、ずっと。


「……っ」


ミアが少し驚く。

でも、すぐに力を抜く。

受け止める。


「ちゃんと来てよ」


胸元で、小さく言う。


「ああ」


低く返す。

少しだけ体を離して――

高い位置にあった視線が、すっと降りてくる。


ミアは、少し戸惑いながらも――

ほんの少しだけ背伸びをした。

そのまま、触れる。


短く。

でも、確かに。

キス。

離れると、ミアが少しだけ顔を赤くして笑う。


「……ずるい」


「今さらだろ」


キースも少しだけ笑った。

馬車が、音を立てる。


「……行くね」


「ああ」


名残はある。

でも。


ミアは振り返らずに乗り込む。


キースは、その背中を見送る。


馬車が動き出す。

距離が、離れていく。

それでも。


ミアは窓から少しだけ顔を出して、

手を振った。


キースも、軽く手を上げる。


遠くなっても。

見えなくなっても。

そこにあるものは、消えない。

風が吹く。

距離はある。


でも。

確かに、繋がっていた。


番外編 完

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