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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
王都北編

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スピンオフ1:番外短編 手紙の向こうへ

これは、ミアがキースのいる牧場へ行くことを決めた、秋の日の小さな前日譚。

番外短編

―手紙の向こうへ―


秋の風が、窓を少しだけ揺らしていた。


役所の仕事を終えたミアは、机の上に置かれた封筒を見つめていた。


見慣れた字。

少しだけ角ばっていて、必要なことしか書かなさそうな、真面目な字。


差出人は、キース。


「……また短いんだろうな」


そう呟きながら、ミアは封を切った。


中には、便箋が一枚。



元気か。

こっちは忙しい。

秋はやることが多い。

馬も牛も変わらず元気だ。

ランとレンは来年の学園の話でうるさい。

母さんは、お前のことを聞いてくる。

親父は何も言わないけど、多分聞いてる。


無理するな。

ちゃんと食え。


キース



「……短い」


思った通りだった。


でも、ミアは笑ってしまった。


無愛想で。

飾り気がなくて。

でも、ちゃんとこちらを気にしている。


そういうところが、キースらしかった。


便箋の最後に、小さく追伸があった。


『時間ができたら、来てもいい。

遠いけど、案内くらいはする』


ミアは、その一文を何度も読んだ。


来てもいい。


それは、キースなりの「会いたい」なのだと分かる。


分かるからこそ、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「……ずるいなぁ」


ぽつりと呟く。


自分からは、なかなか甘いことを言わない。

でも、こういう言葉で扉を少しだけ開けてくる。


行ってもいいのだろうか。

突然行ったら、迷惑ではないだろうか。

仕事は休めるだろうか。


考え始めると、いくつも理由が浮かんだ。

行かない理由が。


けれど、本当はもう決まっている。


会いたい。


ただ、それだけだった。


「ミア?」


後ろから声がした。


振り向くと、リナが扉のところに立っていた。

用事の帰りなのか、手には小さな包みを持っている。


「まだ残ってたの?」


「うん。ちょっと片付け」


ミアは慌てて便箋を畳む。


その動作を見て、リナが少しだけ目を細めた。


「……手紙?」


「え?」


「キース?」


「なんで分かるの」


「顔」


リナは笑いながら近づいてくる。


「すごく分かりやすい顔してる」


「そんなに?」


「うん」


ミアは頬に手を当てた。


熱い。

自覚したら、余計に恥ずかしくなった。


リナは椅子を引いて、ミアの向かいに座る。


「何て?」


「元気か、こっちは忙しい、ちゃんと食え」


「キースらしい」


「でしょ」


ミアは小さく笑う。

それから、便箋の端を指でなぞった。


「でもね」


「うん」


「時間ができたら、来てもいいって」


リナは少しだけ目を丸くして、それから優しく笑った。


「じゃあ、行くの?」


ミアはすぐには答えなかった。


窓の外を見る。

秋の空は高く、少しだけ寂しい色をしている。


「……行きたい」


正直に言う。


「でも、急に行ったら迷惑かなとか。仕事もあるし。あっちは忙しいみたいだし」


「ミア」


リナの声が、少しだけ柔らかくなる。


「キースが“来てもいい”って書いたなら、それはきっと、来てほしいってことだよ」


ミアはリナを見る。


「……そうかな」


「そうだと思う」


リナは少し考えてから、苦笑した。


「キースって、そういうところ不器用だから」


「うん」


「でも、言わないことまで全部察して待ってたら、たぶん何も進まないよ」


その言葉に、ミアは小さく息を呑んだ。


リナは窓の方を見ながら続ける。


「私もね、最近思うの。言葉にしてくれないからって、何もないわけじゃないんだって」


ミアは少しだけ笑った。


「カイのこと?」


リナが一瞬固まる。


「……今はミアの話」


「ふふ、分かりやすい」


「ミアに言われたくない」


二人は顔を見合わせて笑った。

少しだけ、心が軽くなる。


ミアはもう一度、手紙を開いた。


短い文章。

飾り気のない言葉。

でも、その向こうに、キースがいる。


牧場で働いている彼。

動物に囲まれて、家族に囲まれて。

自分の知らない場所で、ちゃんと生きている彼。


見たい、と思った。


キースが育った場所を。

キースが大事にしている家族を。

キースが「帰る場所」と呼ぶ風景を。


「……行こうかな」


小さく言う。


リナは、にこっと笑った。


「うん。行っておいで」


「でも、返事を書いてからの方がいいかな?」


「驚かせたいなら、書かない方がいいんじゃない?」


「リナ、意外と大胆ね」


「たまにはね」


ミアは少しだけ考えて、それから便箋を胸元に抱いた。


「じゃあ、行く」


その声は、自分で思ったよりもはっきりしていた。


「明日、休みの申請出してくる。馬車も調べる。荷物もまとめる」


「早い」


「行くって決めたら早いの」


リナは嬉しそうに笑う。


「キース、驚くね」


「驚かせる」


「抱きつく?」


「抱きつく」


即答してから、ミアは少し頬を赤くした。


「……止められるかもしれないけど」


「キースなら止めそう」


「汚れてる、とか言いそう」


「言うね」


二人はまた笑った。


その夜。


ミアは机に向かい、返事を書こうとして、何度も筆を止めた。


『行きます』


それだけ書けばいいのに、なぜか少し恥ずかしい。

結局、便箋には短くこう書いた。


『ちゃんと食べてます。

キースも無理しないでね。


近いうちに、会いに行きます。


ミア』


けれど、封はしなかった。

送るより先に、自分が行く。


その方が、きっといい。


ミアは手紙を畳み、鞄の中に入れた。


窓の外では、秋の風が静かに吹いている。

遠い場所にいるはずの人が、少しだけ近く感じた。


「待っててね」


小さく呟く。

返事はない。


けれど、手紙の向こうで、あの不器用な声が聞こえた気がした。


――来るなら言えよ。


ミアはくすっと笑った。


「言ったら、驚かないでしょ?」


そうして翌朝。


ミアは大きな荷物を抱えて、牧場へ向かう馬車に乗った。


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