番外編:山の宿屋と、見えない糸 (再会後宿屋 短編二幕)
番外編
第一幕:先に帰った男
第二幕:遅れて帰る二人
第一幕:先に帰った男
山を下りた頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
赤く沈む光の中、宿屋の扉が静かに開く。
「……戻ったか」
カウンターの奥で、店主が顔を上げる。
レヴァンは何も言わず、軽く頷いた。
「依頼は終わりか?」
「……ああ」
短い返事。
だが、その声の奥にある重さを、店主は聞き逃さない。
「どうだった」
酒を一杯、無言で差し出す。
レヴァンは受け取り、少しだけ視線を落とした。
「――未熟だ」
「ほう」
「だが」
「壊れない」
その一言に、店主の目が細くなる。
「……珍しいな、お前がそう言うのは」
レヴァンはグラスを傾ける。
琥珀色の液体が揺れる。
「普通は途中で折れる。あれに触れればな」
「影、か」
「ああ」
静かな肯定。
「記憶を喰う。人間の“芯”を削る存在だ」
店内の空気が、わずかに重くなる。
「……あの嬢ちゃんは、どこまで知ってる」
「ほとんど知らない」
「教えなかったのか?」
「――必要ない」
即答だった。
だが、その直後。
「……いや」
ほんのわずかに、言葉が揺れる。
「まだ、早い」
店主はその違和感を見逃さない。
「優しいな」
「違う」
間髪入れず返す。
「判断だ」
だがその声は、完全に無機質ではなかった。
◇
第二幕:遅れて帰る二人
夜。
山の冷たい空気をまとって、扉がゆっくりと開いた。
ギィ、と軋む音。
外の冷気が流れ込み、ランプの火がわずかに揺れる。
「……ただいま」
リナの声は、少しだけ疲れていた。
でも、その奥には確かな安堵がある。
その一歩後ろに、カイ。
無言のまま、部屋の中を一瞬だけ見渡す。
危険がないかを確認する、癖のような動き。
「お、無事だったか」
店主がカウンター越しに軽く手を上げる。
「見りゃ分かるだろ、その顔」
「……まあな」
リナが苦笑する。
髪は少し乱れ、服には戦いの跡が残っている。
それでも――折れてはいない。
「レヴァンは?」
カイが短く問う。
「先に帰ったぞ」
その言葉に。
ほんのわずかに、カイの視線が細くなる。
「……そうか」
それだけ。
けれど、その一言の裏で――
何かを察したのは明らかだった。
(……見てたな)
口には出さない。
だが、理解はしている。
“任せた”のではなく、“試された”。
カイはそれ以上何も言わず、奥へと歩いた。
リナもその後を追う。
その背中を、店主は少しだけ長く見ていた。




