第4話:試す者、残る者 再会2
影が消えたあとの山は、不気味なほど静かだった。
風だけが、木々を揺らしている。
さっきまでの緊張が嘘みたいに、空気が軽い。
それでも――
完全には緩まない。
「……立てるか」
カイの声。
すぐ近く。
リナは、まだ少しだけ息が上がっている。
「……うん、大丈夫」
そう言いながらも、足元が少しだけ揺れる。
その瞬間。
ぐっと、腕を引かれた。
「無理すんな」
低い声。
でも、強くはない。
支えるだけの力。
「……ありがと」
小さく言うと、
カイは何も答えなかった。
ただ、手はすぐには離れなかった。
少しだけ、近い距離。
言葉はない。
でも、離れない。
「……相変わらずだな」
その空気を切ったのは、レヴァンだった。
変わらない、淡々とした声。
「感情に引きずられる」
カイの視線が鋭くなる。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「言っている」
一歩、前に出る。
風が、二人の間を抜ける。
「お前は、変わっていない」
「……ああ、そうかもな」
カイは視線を逸らさない。
「でも、あんたのやり方には戻らない」
はっきりと言い切る。
沈黙。
わずかに、空気が張る。
「……レヴァンって言ったわよね」
リナが口を開く。
二人の間に、少しだけ踏み込む。
「あなた、何者?」
レヴァンは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……元・管理者だ」
静かな声。
空気が、変わる。
「管理者……」
リナが小さく繰り返す。
その言葉の重さは、知っている。
回収者をまとめ、管理し、選別する立場。
「こいつを拾ったのも、俺だ」
レヴァンは続ける。
カイは何も言わない。
否定もしない。
(……やっぱり)
どこかで、そうだと思っていた。
「で?」
カイが低く言う。
「今さら何の用だ」
「確認だ」
即答だった。
「お前が使えるかどうか」
「……は?」
リナが眉をひそめる。
「それと」
レヴァンの視線が、リナに向く。
「お前もだ」
一瞬、空気が冷える。
「さっきの戦い」
淡々とした声。
「悪くない」
一拍。
「だが――足りない」
はっきりと言い切る。
逃げ場のない言葉。
リナは、何も言わなかった。
ただ、視線を逸らさない。
「今のままでは、隣には立てない」
その言葉は、静かだった。
でも、確実に刺さる。
「……分かってる」
小さく、でもはっきりと答える。
カイが一瞬だけリナを見る。
何か言いかけて――やめた。
「だが」
レヴァンが続ける。
「伸びる」
意外な言葉。
「素直だ。折れない」
リナを見る目は、冷たいまま。
でも、完全な否定ではない。
「……それで?」
カイが口を挟む。
「だから何だ」
「組め」
レヴァンは言う。
「お前と、こいつで」
風が止まったような気がした。
「……断る」
即答だった。
「俺は組織に戻らない」
カイの声は、低く、はっきりしている。
「戻れとは言っていない」
レヴァンは淡々と返す。
「効率の話だ」
「効率で人を決めるな」
一歩、踏み込む。
「そうしてきたのは、お前だろ」
レヴァンの言葉は揺れない。
空気が、ぶつかる。
「……あんたのやり方は、知ってる」
カイの声が少しだけ低くなる。
「だから嫌なんだよ」
沈黙。
リナは、そのやり取りを見ていた。
(……違う)
ただの言い合いじゃない。
これは――
過去だ。
「……どうして離れたの」
ふと、口から出た。
カイが一瞬だけ動きを止める。
「……今それ聞くか」
「聞く」
リナは引かない。
「ここまで来たんだから」
沈黙。
風が強く吹く。
「……巻き込みたくなかった」
ぽつりと、落ちる。
「え?」
思わず声が出る。
「お前、分かってないだろ」
カイは少しだけ視線を逸らす。
「俺の近くにいるってことが、どういうことか」
「分かってる」
即答だった。
「分かってない」
「分かってるって言ってるでしょ!」
一歩、踏み込む。
距離が縮まる。
「危ないのも、全部分かってる!」
胸に手を当てる。
「それでも来たの!」
沈黙。
カイが、ゆっくりと視線を戻す。
「……なんでだよ」
小さく、低く。
その問いは、強くなかった。
リナは、一瞬だけ息を吸う。
「決まってるでしょ」
一歩、さらに近づく。
「一緒にいたいから」
真っ直ぐな目。
逃げない声。
カイが、言葉を失う。
その空気を、レヴァンが静かに見ていた。
(……そうか)
心の中で、小さく呟く。
(これが、“外”か)
組織の外。
管理されない関係。
非効率で、無駄が多い。
だが――
「……面白い」
ぽつりと、漏れた。
二人は気づかない。
レヴァンは踵を返す。
「どこ行くの」
リナが声をかける。
「役目は終わった」
「は?」
「判断はついた」
振り返らずに言う。
「お前はまだ未熟だ」
リナに向けて。
「だが」
一拍。
「隣に立つ資格は、これから作れる」
そして。
「カイ」
足を止める。
「お前は自由だ」
静かな声。
「だが、選べ」
それだけ言って、
レヴァンは森の奥へと消えていった。
静寂。
風だけが残る。
しばらく、誰も動かなかった。
「……なんなのよ、あの人」
リナが小さく呟く。
「……昔の上司」
カイが短く答える。
「厄介なやつ」
その言い方に、
少しだけ苦さが混じっていた。
沈黙。
「……ねえ」
リナが呼ぶ。
「ん」
「さっきの、答え」
カイは何も言わない。
ただ、少しだけ視線を逸らす。
「……まだ、決めてない」
それだけだった。
でも。
完全な拒絶じゃない。
リナは、小さく息を吐く。
「そっか」
そして。
「じゃあ、待たない」
カイが目を向ける。
「追いつくから」
真っ直ぐに言う。
「逃げても無駄だからね」
少しだけ、強気に笑う。
カイは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……ほんと、変わってねえな」
その声は、
少しだけ柔らかかった。
山の風が、静かに吹き抜ける。
まだ、何も決まっていない。
でも――
確実に、何かが動いていた。




