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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
過去編

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第4話:消えない約束

 朝の光が、やわらかく森を照らしていた。

 鳥の声と、風に揺れる葉の音。その中に混じって、   木を打つ乾いた音が規則正しく響く。


 父が剣を構える。

 その姿を見て、リナも剣を握る。


 気づけば、剣を握る手にも少しずつ力がついてきていた。

 以前のように、ただ重いだけではない。

 振れば、ちゃんと応えてくれる。


「もう一度」

 短く言われる。

「はい!」


 息を整え、踏み込む。振り下ろす。止める。

 ――その一連の動きを、昨日よりも意識してなぞる。

 父は何も言わない。

 ただ、じっと見ていた。

 その視線に応えるように、リナはもう一度剣を振った。

 数回繰り返したあと、ようやく声がかかる。


「……少し良くなったな」

「本当?」

 ぱっと顔が明るくなる。


「ああ。ただし、まだ甘い」

「……はい」

 嬉しさと悔しさが、同時に胸に残る。


 もっと出来るようになりたい。

 認められたい。

 その思いが、自然と体を動かしていた。


 少し離れた場所で、カイがその様子を眺めていた。

 腕を組み、何も言わずに。

 その横で、母が静かに口を開く。


「見ているだけなの?」

「まあ」

 気のない返事。

「口は出さないのね」

「出すと怒られる」

「ふふ」

 母は小さく笑った。


「でも、ちゃんと見てるのね」

「……さあな」

 カイは視線を逸らす。

 けれどその目は、ずっとリナの動きを追っていた。


 昼前、練習は一旦終わった。

 リナは少し疲れた様子で、草の上に座り込む。

「……はあ」

 大きく息を吐く。


「どうしたの」

 母が水を差し出す。

「まだまだだなって思って」

 受け取りながら、小さく笑う。


「でも、楽しいの」

「そう」

 優しく頷く。

「それなら大丈夫ね」


 その言葉に、リナは少しだけ首を傾げた。

 “楽しい”だけでいいのか、少し分からなかったから。

 でも、それを聞く前に――


「ほら、立て」

 父の声が飛ぶ。

「午後もやるぞ」

「えっ、まだ?」

「当然だ」

「……はい」


 小さく肩を落としながらも、立ち上がる。

 その様子を見て、カイがくすっと笑った。


「笑わないでよ」

「いや、元気だなって」

「カイもやればいいじゃない」

「遠慮しとく」

「なんでよ」

「怒られそうだし」

「当たり前でしょ」


 そんなやり取りに、母がまた小さく笑う。


 午後は、少しだけ穏やかな時間だった。

 母が簡単な魔法を教えてくれる。

 水を集める、小さく流す、形を保つ。

 リナは集中して、それを繰り返した。

「……こう?」

「ええ、上手よ」

 水の球が、手のひらの上で揺れる。

 崩れそうで、でもちゃんと保たれている。

 それが嬉しくて、少しだけ誇らしかった。


「リナは器用ね」

「そうかな」

「ええ。ちゃんと感じ取れてるもの」

 母の言葉は、どこか柔らかくて、でも確かだった。


 その様子を、カイは少し離れたところから見ていた。

 ふと、母の視線がこちらに向く。


「カイもやってみる?」

「いや、いい」

「そう?」

「……火なら出来るけど」

 ぽつりと呟く。

 その言葉に、母の目がほんの少しだけ細くなる。


「そう」

 それだけ返す。

 それ以上は聞かなかった。


 夕方。

 日が沈み始める頃、リナは家の裏手にいた。

 少しだけ疲れているのに、それでも剣を持っている。


「……やるのか?」

 後ろからカイの声。

「少しだけ」

「無理すんなよ」

「無理じゃないわ」

 でも、その声は少しだけ弱い。


 カイは近づいて、手を伸ばした。

「貸して」

「え?」

 剣を軽く取る。

「今日はもういい」

「でも」

「続けても雑になるだけだ」

 はっきり言う。


 リナは少しだけ唇を噛んだ。

「……分かってるわ」

 小さく答える。

 悔しい。でも、図星だった。


「じゃあ、代わりにこれ」

 カイは近くに落ちていた小枝を拾って、リナに渡す。

「なにこれ」

「軽いだろ」

「ええ」

「それでいいから、形だけなぞれ」

「……それで意味あるの?」

「ある」

 即答だった。


「力使わねえ分、動きが分かる」

 リナは少しだけ考えて、それから頷いた。

「……やってみる」


 小枝を持って、ゆっくりと動きをなぞる。

 さっきよりも、ずっと丁寧に。

 その様子を見て、カイは小さく息をついた。


「ねえ」

 しばらくして、リナが声をかける。

「ん?」

「明日も、教えてくれる?」

「気が向いたらな」

「もう」

 少しだけ不満そうにしながらも、どこか安心した顔をしていた。


 その夜。

 珍しく、四人で外に出ていた。

 空はよく晴れていて、星がはっきりと見える。

「きれいだね」

 リナが呟く。


「ああ」

 父が短く答える。

「こうしている時間も、大事にしなさい」

 ぽつりと続ける。


「……どうして?」

 リナが首を傾げる。

 父は少しだけ言葉を選んでから、答えた。


「同じ時間は、二度と来ないからだ」

 その言葉は、静かだった。

 けれど、どこか重みがあった。


「……そうなの?」

「そうだ」

 リナは少し考えてから、こくりと頷いた。


「じゃあ、ちゃんと覚えておくわ」

「そうしろ」

 父はそれ以上何も言わなかった。


 そのやり取りを、カイは少し離れた場所から聞いていた。

 空を見上げる。

 星が、やけに遠く見えた。


「ねえ、カイ」

 リナが振り返る。

「なに」

「約束しない?」

「なにを」

「また、こうやってみんなでご飯食べたり、話したりするの」

「……」

 一瞬だけ、言葉が止まる。


 リナはまっすぐカイを見ていた。

 疑いも、迷いもない目で。

「……分かった」

 小さく答える。


「約束する」

「ほんと?」

「ああ」

 短く頷く。

 その言葉に、リナは嬉しそうに笑った。


 ――その約束が。


 どれだけ重いものになるのかを。

 このときのリナは、まだ知らなかった。


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