番外短編:静かな選択の先(レオン後日談 卒業後)
冬の終わり。
空気はまだ冷たいが、風の中にわずかな柔らかさが混じっていた。
街の外れ。
人の気配が途切れる境界。
「――ここから先は、一般人は立ち入り禁止ね」
軽やかな声が響く。
隣に立つ女性が、振り返った。
「聞いてる?新入りくん」
「聞いています」
レオンは短く答える。
「真面目だねえ」
くすっと笑う。
彼女の名は――アリア。
回収者として二年先輩。
肩までの黒髪。
無駄のない動き。
それでいて、どこか余裕がある。
「そんなに固くならなくていいって。最初はみんなそうだけどさ」
「任務中です」
「うんうん、そういうとこ。嫌いじゃないけど」
楽しそうに目を細める。
(……やりにくいな)
だが、不快ではない。
「今回の対象は“影の残滓”ね。
完全体じゃないけど、油断すると普通に死ぬから気をつけて」
「了解です」
「返事はいいね。でもさ」
一歩、距離を詰めてくる。
「ちゃんと“周り”見てる?」
その一言で、レオンの視線が変わる。
地面、風の流れ――音。
わずかな歪み。
「……いますね」
「正解」
アリアが軽く指を鳴らす。
次の瞬間――
影が、揺らいだ。
空気が歪む。
黒い何かが、形を持つ。
「来るよ」
「はい」
レオンは一歩踏み出す。
剣を抜く。音が、静かに鳴る。
影が跳ぶ。
速い。
だが――
(見える)
踏み込み。回避する。
斬撃――無駄のない動きで迎え撃つ。
「お、やるじゃん」
後ろから軽い声。
「でも、それだけだと足りないよ」
次の瞬間、影が増える。
「っ……!」
死角。反応が、わずかに遅れる。
そのとき――
風が走った。影が一瞬で切り裂かれる。
アリアが前に出ていた。
「ほらね」
軽く笑う。
「一人でやろうとしない」
短く息を吐く。
「……申し訳ありません」
「謝る必要ないって。今のは“癖”だから」
「癖、ですか」
「そう。真面目なやつほど、一人で背負う」
ちらっと横を見る。
「誰かさんみたいに」
(……)
言い返さない。
「でもさ」
少しだけ声が柔らかくなる。
「ペアって、そういうためにあるんだよ」
軽く剣を振る。
「任せるとこは任せる。頼るとこは頼る」
振り返る。
「できる?」
まっすぐな視線。
試すようでいて、信じている目。
「……やってみます」
「いいね、それ」
満足そうに笑う。再び影が動く。
「次は連携ね」
「はい」
今度は、一歩遅れて踏み出す。
前に出るのはアリア。その動きを読む。
隙を埋める。剣を合わせる。
影を断つ。呼吸が、合う。
「そうそう、それ」
最後の一体を仕留める。
静寂が戻る。
風だけが通り抜けた。
「……終わりだね」
「はい」
剣を納める。
少しだけ、息が上がっている。
「どう?回収者の仕事」
アリアが軽く聞く。
「……想像以上に厳しいです」
「だよねえ」
あっさり頷く。
「でも」
少しだけ間を置く。
「嫌じゃないです」
自分でも驚くくらい、はっきり言えた。
アリアが目を細める。
「いい顔するじゃん」
軽く肩を叩く。
「向いてるよ、レオンくん」
(……そうか)
空を見上げる。
薄い雲。冷たい風。ふと、思い出す。
あの冬の日。
走っていった背中。
(……行くんだろうな)
リナは。迷わず。
(あいつなら)
自然と、口元がわずかに緩む。
「なに、今の顔」
「いえ、何でも」
「怪しいなあ」
にやっと笑う。
「好きな子でも思い出してた?」
一瞬、言葉が止まる。
「……否定はしません」
「うわ、素直」
声を上げて笑う。
「いいねえ青春」
「からかわないでください」
「からかってないって。応援してるよ?」
軽い口調。
でも、その目は真面目だった。
「ただし」
一歩、前に出る。
「任務中は切り替えなさい」
「……はい」
「それができるなら、何思っててもいい」
振り返る。
「それが“大人”ってやつでしょ」
(……大人、か)
まだ、なりきれてはいない。
でも。
(進んでる)
確かな感覚があった。
「次行くよ、新入りくん」
「了解です、先輩」
二人で歩き出す。
冷たい風の中。
でも、その足取りは迷いがなかった。
(――俺は、俺の道を行く)
その先に、
また交わる日があるとしても。
――今は、前を向く。
番外編 完




