第28話:残されたもの
影が消えたあとの空気は、不自然なほど静かだった。
さっきまで確かにそこにあった“何か”が、跡形もなく消えている。
残されたのは、倒れた一人の少女だけ。
「……大丈夫?」
リナが駆け寄り、そっと肩に触れる。
「う……」
かすかに声が漏れる。
「よかった、意識ある」
「下がれ、まだ分からない」
レオンの声。
冷静で、でもどこか慎重すぎるくらいの距離感。
「でも――」
「万が一がある」
はっきりと言う。
その言葉に、リナは一瞬だけ迷う。
「……大丈夫だ」
カイが短く言った。
全員の視線が向く。
「もう残ってない」
「……断言できるのか」
レオンが問う。
カイは少しだけ目を細めた。
「ああ」
それだけ。
でも、不思議と説得力があった。
「じゃあ診るね」
リナはすぐに膝をつく。
そっと手をかざす。
淡い水の光が、ゆっくりと少女を包み込む。
「……外傷はほとんどない」
「内部は?」
「少し消耗してる。でも……」
違和感。
「……空っぽ、みたい」
「空っぽ?」
ミアが不安そうに呟く。
「感情が、抜け落ちたみたいな感じ」
言葉にした瞬間、空気がわずかに冷える。
「……あり得るな」
カイが低く言う。
「核になってた部分を消したからな」
「それって――」
リナの手が止まる。
「元には戻らないってこと?」
一瞬の沈黙。
「時間が経てば戻る場合もある」
曖昧な言い方。
「場合も、あるって……」
リナの声が少しだけ揺れる。
カイは答えない。
代わりに視線を逸らした。
医務室へ運んだあと。
空はすっかり暗くなっていた。
「今日はもう解散だな」
キースが大きく息を吐く。
「いや〜、マジで疲れた……」
「でも無事でよかったよね」
ミアが言う。
その言葉に、全員が小さく頷く。
――一人を除いて。
「……リナ?」
レオンが声をかける。
少し離れた場所で、立ち止まっていた。
「どうした」
「……あの子」
ぽつりと呟く。
「笑えるようになるのかな」
静かな言葉。
レオンは少しだけ考えてから、口を開く。
「なる」
「……根拠あるの?」
「ない」
即答だった。
「でも、そうじゃないと困る」
まっすぐな視線。
「助けた意味がなくなる」
その言葉に、リナは少しだけ息を飲む。
「……そっか」
小さく笑う。
「レオンって、そういうとこあるよね」
「どういう意味だ」
「ちゃんと前見てるっていうか」
少しだけ柔らかい空気。
そのとき。
「じゃあ後は任せるよ」
軽い声。
カイだった。
いつの間にか、近くにいる。
「……いいの?」
「まあな」
いつも通りの調子。
でも――
(……さっきと、違う)
戦っていたときの空気は、もうない。
距離が戻っている。
「お前も帰れよ」
カイが言う。
「……どこに?」
「寮だろ」
「あなたは?」
一瞬だけ間があく。
「適当」
あっさりとした答え。
「……何それ」
思わず苦笑する。
「自由すぎでしょ」
「そういうもんだ」
そう言って、背を向ける。
そのまま歩き出す。
「……待って」
気づけば、声が出ていた。
カイが止まる。
「なに」
「さっきの事」
言葉を探す。
「助けてくれて、ありがとう」
一瞬の沈黙。
「別に」
振り返らないまま答える。
「ついでだから」
「……嘘」
小さく言う。
「絶対、違う」
カイは何も言わない。
少しだけ肩が揺れた気がした。
そのまま、歩き去っていく。
(……分かんない)
近いのに、遠い。
手を伸ばせば届きそうなのに、
その先には、進めない。
学園の奥で、月夜に照らされた窓から2つのシルエットが浮かび上がっていた。
―――ある部屋―――
「確認されたか」
学園長の声。
「はい。完全な発現でした」
クロードが答える。
「被害は最小限です。ただし――」
「例の二人が関与している」
「ええ」
静かな肯定。
「リナの関与も、もはや偶然ではないな」
「避けられないでしょう」
クロードの声は落ち着いている。
だが、その奥にわずかな迷いがある。
「……どうするつもりだ」
短い問い。
少しの沈黙。
「段階を進めます」
クロードが言った。
「実戦への移行を」
「早いな」
「ええ」
迷いなく続ける。
「ですが、もう“見せない”段階ではありません」
「知るべきです」
学園長はしばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと頷く。
「許可する」
静かな決断。
「ただし――」
視線が鋭くなる。
「見極めろ」
「……はい」
「どこまでが“残すべきもの”で」
「どこからが“切り離すべきもの”かを」
その言葉は、重く沈んだ。
誰にも知られない場所で。
物語は、さらに深い場所へと進んでいく。
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