第27話:守る理由
放課後の校舎裏は、静まり返っていた。
夕暮れの光が長く影を伸ばし、空気がどこか重い。
その中心で――異変は、はっきりと形を持ち始めていた。
「やめて……来ないで……!」
隣のクラスの女子生徒が、頭を抱えてしゃがみ込む。
足元の影が、ゆっくりと膨らんでいく。黒く、濃く、歪みながら。
「出てこないで……っ」
その声に反応するように、影が“持ち上がった”。
人の輪郭をなぞるように、ゆらりと揺れる。
「……完全に出たな」
カイが低く呟く。
その目はすでに戦う者のものだった。
「リナ、下がれ」
「でも――」
「今はいい。あれは普通の魔物じゃない」
言い切る。
迷いがない。
「キース、足止めできるか」
「任せろ!」
地面に手をつく。土が盛り上がり、影の動きを縛るように広がる。
「ミア、距離取って援護!」
「う、うん!」
風が巻き起こり、影の揺らぎを乱す。
「レオン」
「ああ」
二人の視線が交差する。
言葉はいらない。
同時に踏み込んだ。
レオンの剣が鋭く振り抜かれる。
確かな手応え――のはずだった。
「……っ!?」
すり抜ける。
影は形を変え、まるで攻撃を避けたかのように揺れる。
「実体が安定してない!」
キースが呟く。
「厄介だな……!」
レオンが舌打ちする。
次の瞬間、影が腕のようなものを伸ばした。
「レオン!」
リナの声。
咄嗟に避けるが、頬をかすめる。
「ちっ……」
「大丈夫!?」
「問題ない。浅い」
短く答えながらも、目は逸らさない。
「リナ、あいつの動き読めるか」
「完全じゃないけど……少しなら!」
「それでいい。合わせろ」
低い声。
信頼が混ざっていた。
「分かった!」
リナが前に出る。
水の魔法が手元に集まる。
「動きが、ぶれる瞬間がある……!」
「そこを叩く!」
レオンが踏み込む。
リナの水が影の動きを一瞬だけ縛る。
「今!」
剣が振り下ろされる。
今度は――当たった。
影が大きく揺らぐ。
「効いてる!」
「だが、まだだ!」
すぐに再生する。
感情のように、歪みながら。
(……終わらない)
違和感。
普通の敵じゃない。
「だから言っただろ」
後ろから声。
カイだった。
「それじゃ削るだけだ」
「ならどうする」
レオンが問い返す。
カイは影を見据えたまま、静かに答えた。
「核を消す」
「核?」
「感情の塊だ。中心にある」
一瞬の沈黙。
「……見えるのか」
「ああ」
短い肯定。
「なら案内しろ」
レオンが言う。
「俺が道を作る」
その言葉に、カイがわずかに目を細めた。
「……いい判断だ」
次の瞬間。
影が大きく膨れ上がる。
「――っ!」
一気に広がる黒い影。
「リナ、下がれ!!」
カイの声。
でも――一瞬遅れた。
足元の影が絡みつく。
「なっ……!」
動けない。
「リナ!!」
レオンの声。
影が、リナに向かって伸びる。
(……やばい)
咄嗟に剣を構える。
でも、間に合わない。
その瞬間。
視界が、遮られた。
「……だから言っただろ」
目の前に、カイ。
影の攻撃を、片手で受け止めている。
「無理するな」
低い声。
その目が――
はっきりと、琥珀色に染まる。
(……綺麗)
一瞬、そう思ってしまう。
リナの胸元の琥珀が、かすかに熱を帯びた気がした。
「下がってろ」
静かに言う。
次の瞬間。
カイの手が、影の中心へと伸びた。
「……そこだ」
触れる。
黒い影が、震える。
「消えろ」
低く、確かな声。
その瞬間――
影が、内側から崩れた。
音もなく、ほどけるように。
光に溶けるように消えていく。
残ったのは――
ただ、倒れ込む少女だけだった。
「……終わったのか」
キースが呟く。
「みたいだな……」
レオンが剣を下ろす。
静寂が戻る。
リナは、その場に立ち尽くしていた。
「……今の、何」
小さく呟く。
カイは振り返らない。
「見ただろ」
「でも……あれ」
「忘れろ」
短く言う。
「無理よ」
即答だった。
少しの沈黙。
カイが、ほんのわずかに振り返る。
「……だろうな」
小さく呟いた。
その表情は――
どこか、諦めに似ていた。
夕陽が沈みきる。
長く伸びていた影は、もうそこにはなかった。
でも。
確かに、“何か”は残っている気がした。




