第22話:気づかない距離
昼休みの中庭は、春の陽射しに包まれていた。
芝生の上には生徒たちが思い思いに座り、談笑したり、昼食を広げたりしている。
「やっぱ外で食べると美味しいよね〜!」
ミアが満足そうに伸びをする。
「分かる。なんか開放感あるわよね」
リナもパンをひと口かじりながら頷く。
「でもお前、それ三つ目だろ」
キースが呆れたように言う。
「いいじゃん、成長期だもん」
「どこが成長してるんだよ」
「キース、あとで覚えてなさい」
にこっと笑っているのに、なぜか怖い。
「……俺、何も言ってないことにしていいか?」
「もう遅い」
そんなやり取りに、リナは思わず笑った。
穏やかで、賑やかな時間。
そのときだった。
「ねえ、カイくん」
少し離れたところから、女の子の声がする。
視線が自然とそちらに向く。
カイの周りに、何人かの女子生徒が集まっていた。
「授業のあと時間ある?」
「別にあるけど」
「よかったら一緒に街行かない?」
「んー、どうすっかな」
軽い調子で答える。
そのやり取りが、妙に自然で。
(……慣れてる)
リナは、なぜか目を逸らした。
「相変わらずだな」
ぽつりとレオンが言う。
「人気あるのはいいことじゃない?」
ミアはあっけらかんとしている。
「まあな。でもあいつ、ああいうの全部適当に流すからな」
キースが肩をすくめる。
「え、そうなの?」
「本気で誰かと付き合ってるとか、聞いたことないぞ」
その言葉に、リナの指が少し止まる。
「……ふーん」
興味なさそうに返す。
――つもりだった。
でも。
(なんで、ちょっと気になるのよ)
自分でも理由が分からない。
そのとき。
「リナ」
レオンが声をかけてくる。
「今日の午後、実技だ」
「ええ、知ってるわ」
「組むなら、俺でいいか」
短く、でもはっきりとした言葉。
リナは少し驚く。
「……いいけど」
「なら決まりだ」
それだけ言って、視線を外す。
けれど、その耳が少しだけ赤いことに、リナは気づかなかった。
代わりに、ミアがにやにやしている。
「ねえねえ、今のちょっと良くなかった?」
「なにがよ」
「“組むなら俺でいいか”ってやつ。あれ完全に――」
「やめなさい」
即座に遮る。
「違うから」
「ほんとに〜?」
「ほんとよ」
そう言いながらも、どこか落ち着かない。
ふと、また視線がそちらに向く。
カイはまだ女子たちに囲まれていた。
笑っている。
軽く返している。
でも。
どこか一線を引いているようにも見えた。
(……あれ)
違和感。
近いようで、遠い。
誰とでも話すのに、
誰とも深く関わっていないような距離。
その感じが、妙に引っかかった。
「……なに見てるんだ」
低い声がすぐ横から落ちる。
「え?」
気づけば、カイが立っていた。
いつの間にか、あの輪を抜けてきている。
「別に、何も」
「そうか?」
じっと見られる。
その視線に、少しだけ心臓が跳ねる。
「……なんでもない」
視線を逸らす。
「ふーん」
それ以上は追わない。
いつも通り。
それが、少しだけ――
(……なんか、やだ)
言葉にならない感情が、胸に残る。
そのとき。
「カイくん!」
さっきの女子が、少し離れたところから呼ぶ。
「さっきの話、どうするの?」
カイは軽く振り返った。
「また今度でいいか?」
「えー、なんで?」
「今ちょっと面倒だから」
あっさりと言う。
「そっかぁ……じゃあまたね」
少し残念そうにしながらも、女子たちは離れていく。
その様子を見ていたミアが、小さく呟く。
「ね、言ったでしょ?」
「……なにが」
「ちゃんと距離取ってるって」
リナは何も答えなかった。
ただ、ぼんやりとカイの横顔を見る。
さっきまで笑っていたのに、
今はもう、何事もなかったみたいな顔をしている。
(……分かんない)
近いのか、遠いのか。
優しいのか、冷たいのか。
あの夜のことが、頭をよぎる。
抱きしめられた感触。
でも今は――
何もなかったみたいに振る舞う距離。
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……変なの」
小さく呟く。
その感情の名前を、まだ知らないまま。




