第21話:穏やかな日々 第三章 学園編②
春の風が、やわらかく校舎の中を抜けていく。
間新しい学年が始まったばかりの学園は、どこか浮き足立ったような空気に包まれていた。
「ねえリナ、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
寮の部屋。
ベッドの上に服を広げながら、ミアがくるりと振り返る。
「そうね……どっちも可愛いけど……そっちの方がミアっぽいかも」
「ほんと?やっぱりそう思う?」
ぱっと顔を明るくする。
「だってそれ、動いたときにふわってなるでしょ。ミア、そういうの似合うし」
「なにそれ、ちゃんと見てるじゃん」
「見てるわよ。毎日一緒にいるんだから」
少し照れながらも、自然と笑みがこぼれる。
こういう時間が、最近は増えた。
何気ない会話をして、笑って、過ごす時間。
(……なんか、いいな)
ふと、そう思う。
「リナもさ、もうちょっとおしゃれしてもいいと思うんだけどなー」
「してるつもりよ?」
「してる“つもり”なのが問題なの」
「なによそれ」
思わず笑う。
「せっかくスタイルいいんだからさ、もうちょっとこう……ね?」
「“ね?”じゃ分からないわよ」
「もう〜、じゃあ今度一緒に選ぼ!街行こ!」
「いいわね、それ」
軽く頷く。
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
「おーい、準備できたか?」
キースの声。
「ちょっと!ノックくらいしなさいよ!」
「したってどうせ入るだろ」
「そういう問題じゃないの!」
ミアがクッションを投げる。
ひょいと避けながら、キースが笑った。
「相変わらず元気だな」
「元気で悪い?」
「いや、いいことだと思うけど?」
その後ろから、静かにレオンが入ってくる。
「……騒がしいな」
「レオンが静かすぎるのよ」
「必要以上に騒ぐ必要はない」
「はいはい相変わらず、真面目くんだね」
腰に手を当てながら軽口を叩くミアに、レオンは小さくため息をつく。
でも、その視線が一瞬だけリナに向いた。
「……準備はいいのか」
「ええ、大丈夫よ」
「そうか」
それだけ。
でも、少しだけ柔らかい声だった。
そんなやり取りを、キースがニヤニヤしながら見ている。
「お前さ、リナにだけちょっと優しくない?」
「……気のせいだ」
「絶対違うって」
「キース、うるさい」
軽く遮るレオン。
そのやり取りに、ミアがくすっと笑う。
「ほんと分かりやすいよね」
「ミアまで……」
そんな空気の中で。
「なにしてんの?」
軽い声が割って入る。
振り返るまでもない。
カイだった。
「遅い」
レオンが言う。
「別に集合時間には間に合ってるだろ」
「ギリギリだ」
「問題ない」
軽く肩をすくめる。
そのまま、自然に輪の中に入ってくる。
変わらない。
いつも通りの距離。
でも。
(……なんか、変)
リナは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
この間の夜のことが、頭から離れない。
抱きしめられた感触。
あのときの声。
思い出すだけで、胸がざわつく。
「どうした?」
ふいに声をかけられる。
「え?」
「さっきからぼーっとしてる」
カイだった。
何もなかったみたいな顔で、普通に話しかけてくる。
「……別に」
少しだけ早口になる。
「なんでもないわ」
「ふーん」
それ以上は踏み込んでこない。
あっさりと視線を外す。
(……なによ、それ)
少しだけ、胸の奥が引っかかる。
あんなことをしておいて、
まるで何もなかったみたいに。
(……分かんない)
自分の気持ちも、
相手の気持ちも。
ぐちゃぐちゃに絡まっている。
「ほら、行くぞ」
レオンの声で、全員が動き出す。
廊下に出ると、春の光が差し込んでいた。
賑やかな声。
笑い声。
何気ない日常。
その中で。
リナはそっと、首元に触れる。
琥珀の首飾り。
微かに、温かい
(……なんで)
理由は分からない。
でも――
「……気になるのに」
小さく呟く。
その視線の先には、
何事もないように歩くカイの背中があった。
届きそうで、届かない距離。
それが、少しだけ――
もどかしく感じられた。




