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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
過去編

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第2話:ふたりの暮らし

 それから数日で、カイは当たり前のようにリナの家に居着いた。


 最初は「本当に大丈夫かしら」と思っていたけれど、意外にもカイは手がかからなかった。

 むしろ――


 水汲みはリナより早く、重たい桶を軽々と運ぶ。

 薪割りも無駄がなく、薪を割る音は、やけに静かだった。

 無駄な力が入っていないのに、正確に割れていて気づけば山になっていた。


 朝、外に出れば小さな獲物がきちんと処理された状態で置かれていることもあった。


「……カイ、これ一人でやったの?」

「ん? まあな」

 何でもないことのように答える。

 そのくせ――


「それ、違う」

 リナが眉をひそめる。

「火、強すぎるわ。焦げるじゃない」

「大丈夫だって」

 カイは鍋の中を覗き込みながら、適当に返す。

「大丈夫じゃないわよ。……ほら、もう少しで焦げちゃうところだったわ」

「……あ、ほんとだ」


 まったく反省している様子もなく、カイは火を弱めた。

 その様子に、リナは小さくため息をつく。


「カイ、本当に一人で生きてたの?」

「たぶんな」

「たぶんってなによ」

「覚えてねえし」

 あっさり言う。

 でもその言葉に、ほんの一瞬だけ引っかかりを覚えた。

 ――覚えていない。


 それがどういうことなのか、リナにはまだよく分からなかった。


「……まあいいわ」

 小さく首を振る。

「とにかく、ちゃんとやってね。

 食べられないもの作ってもしょうがないもの」

「はいはい」

 軽い返事。


 でも、手つきはさっきより少しだけ丁寧になっていた。


 食事を終えたあと、リナは家の裏手に出た。

 日が傾き始めて、森の空気が少し冷たくなる時間帯だった。


 剣を持つ。

 リナはまだ幼い手で少し重たい剣を握り、いつもの通りの日課。


 構えて、振る。

 一回、二回、三回――

 その動きを、後ろからカイが眺めていた。


「なに」

 振り返らずに言う。

「別に」

「見てるなら何か言ってよ」

「……無駄が多い」

 ぼそりと返ってきた。


 リナの動きが止まる。

「……え?」

「踏み込み浅いし、振り切る前に力抜けてる」

「そんなことないわ」

「ある」

 あっさり言い切る。


 その言い方が、少しだけ癪に障った。

「じゃあやってみなさいよ」

「いいのか?」

「ええ、どうぞ」

 リナは剣を差し出す。

 カイはそれを受け取って、軽く振ってみせた。

 一瞬だった。

 空気が、変わる。

 踏み込み、振り抜き、止め。

 無駄がなかった。

 まるで、最初からそういう動きしか知らないみたいに。


「……」

リナは何も言えなかった。

「こんな感じ」

 カイはあっさりと剣を返す。

「……あなた」

 思わず口に出る。


「ちゃんと出来るじゃない」

「まあな」

「さっきの料理と差がありすぎるんだけど」

「そっちは知らねえ」

 肩をすくめる。


 その軽さに、少しだけ苛立ちを覚える。

 でも同時に――

「……なんで」

 小さく呟く。

「そんなに出来るのよ」

 カイは少しだけ視線を逸らした。

「さあな」

 短い返事。


 それ以上は言わない。

 けれど、その“言わなさ”が、妙に気になった。


「もう一回」

 リナが剣を構える。

「さっきの、もう一度やるわ」

「無理すんなよ」

「無理じゃないわ」

 きっぱりと言い切る。


「出来るようになるまでやるの」

「……頑固だな」

「そうよ」

 即答だった。


 その様子を見て、カイは少しだけ笑う。

「じゃあ、見てる」

「ちゃんと見てなさいよ」

「はいはい」

 それからしばらく、剣の風を切る音だけが森に響いていた。


 日が落ちて、空がゆっくりと色を変えていく。

 何度も振って、何度もやり直して。

 ようやく一度だけ、カイの動きに近い形が出た。


「……どう?」

 息を切らしながら振り返る。


 カイは少しだけ目を細めた。

「……まあ、悪くない」

「ほんとに?」

「ああ」

 短く頷く。


 その一言に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

「そう」

 小さく笑う。


 その日の夜。

 ベッドに横になりながら、リナはぼんやりと天井を見つめていた。


 外からは虫の音が聞こえる。

 静かな夜だった。


「……ねえ、カイ」

「ん?」

 薄い壁を通して隣の部屋から、気の抜けた返事が返ってくる。


「あなた、本当に一人だったの?」

 少しだけ間があった。

「……たぶんな」

 昼と同じ答え。

 でも。

 さっきより、少しだけ声が低かった。


「……そう」

 それ以上は聞かなかった。

 聞いてはいけない気がした。


 代わりに、思う。

 この不思議な男の子のことを。

 軽くて、適当で、でも――


「……変な人」

 小さく呟く。


 それでも。

 なぜか。

 嫌じゃなかった。


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