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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
過去編

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第1話:森で出会った日 第一章 過去編

 春の終わり。まだ少しだけ冷たい風が残る森の中で、リナは一人、剣を振っていた。


 細い腕にはまだ不釣り合いな鉄の剣。

 それでも握る手に迷いはなく、何度も同じ軌道をなぞるように振り下ろす。


「……もう一回」

 小さく呟いて、足を踏み込む。

 乾いた音が木に響いた。

 息が上がる。額に汗が滲む。

 それでもやめなかった。


 ――強くなりたい。

 それは、ずっと変わらない願いだった。

 両親は、いつも家にいない。

 強い剣士であり、優れた魔法使いである二人は、仕事であちこちを飛び回っている。


 帰ってくるのは、ほんの時々だけ。

 そのたびに見せてくれる背中は、いつだって遠くて、眩しくて。

「……私も、ああなりたいな」


 誰に聞かせるでもなく、リナはそう言って剣を下ろした。

 森の奥は静かだった。

 風が葉を揺らす音と、小さな鳥の声だけが響いている。

 いつもと変わらない、見慣れた風景

 ――のはずだった。


 そのとき、ふと気配を感じた。

「……?」

 振り向く。

 木々の隙間の向こう、影が揺れた気がした。

 動物かと思った。

 でも、違う。

 気配が“薄い”。

 そこにいるのに、いる感じがしない。


 リナは剣を構えたまま、ゆっくりと近づく。

 草を踏む音がやけに大きく感じる。

 胸の奥が、少しだけざわついた。


「……誰かいるの?」

 返事はない。

 それでも、確かに“何か”はいる。

 一歩、また一歩と進んだその先で――


「……え」

 思わず、声が漏れた。

 木の根元に、小さな男の子が座り込んでいた。


 黒い髪。少しだけ煤けた服。

 年は、自分と同じくらいだろうか。

 膝を抱えるようにして、じっと地面を見つめている。

「……あなた」

 思わず声をかける。

 その子はゆっくりと顔を上げた。


 暗い茶色の瞳。

 けれど、その奥にあるものは

 ――年相応のそれじゃなかった。

 ひどく静かで、どこか空っぽで。

 まるで、“何かをなくしてきたみたいな目”。


「……迷子?」

 リナが尋ねる。


 少しだけ間があって、男の子は首を傾げた。

「……分かんねぇ」

「分かんないって……家は?」

「……知らねぇ」

 あっさりとした答えだった。

 でも、その軽さが逆におかしい。


「名前は?」

「……カイ」

 短く答える。

「おまえは?」

「リナよ」


 少しだけ胸を張って答えた。

 そのやり取りのあと、沈黙が落ちる。

 風が吹いた。

 葉がざわめく。

 その音の中で、カイはもう一度、リナを見た。


「……ここ、どこだ」

「森よ」

「……だろうな」

 小さく肩をすくめる。

 その仕草が、妙に大人びて見えた。


「ねえ」

 リナは一歩近づく。

「どうしたの? 一人?」

「……たぶん」

 曖昧な返事。


 でも、その言い方は

 ――慣れているようにも聞こえた。

 リナは少しだけ考える。

 このまま放っておく、という選択肢は、最初からなかった。


「うち、来る?」

 自然に言葉が出た。

 カイが目を瞬く。


「……え?」

「だから、うち。ご飯あるし」

「……」

「それに」

 少しだけ言葉を探して。

「一人より、いいでしょ」

 そう言った。


 カイはしばらく黙っていた。

 リナの顔を見て、それから空を見上げる。

 薄い雲が流れていた。


「……いいのかよ」

「いいわよ」

 即答だった。

「困ってる人は助けなさいって、言われてるもの」

「誰に?」

「お父さんとお母さん」

「……ふうん」

 興味なさそうに返す。


 でも、少しだけ。

 本当にほんの少しだけ、その表情が緩んだ気がした。

「じゃあ、行く」

「ええ」

 リナは頷く。


 そのまま歩き出そうとして――ふと足を止めた。

「……カイ」

「ん?」

「ちゃんとついてきなさいよ」

「迷子じゃねえって」

「さっき分かんないって言ったじゃない」

「……言ったかもな」

 小さく笑う。


 その笑い方は、どこかぎこちなくて。

 でも、確かに“子どもらしい”ものだった。

 リナはそれを見て、少しだけ安心した。


「ほら、行くわよ」

「はいはい」

 二人並んで歩き出す。

 森の中を抜ける風が、少しだけ柔らかくなった気がした。


 この出会いが、どれだけ大きな意味を持つのか。

 まだ、誰も知らない。


 ただ一つだけ確かなのは――

 その日から、リナはもう“ひとり”ではなくなったということだった。


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