第18話:校外学習(前編)
朝の空気は澄んでいて、思わず深呼吸したくなるくらい気持ちよかった。
けれど、その冷たさにミアが大げさに肩を震わせる。
「ちょっと待って、寒くない!?これ絶対服装ミスったって!」
「いや、完全にミスってるだろ」
キースが笑いながら即ツッコミを入れる。
「だって昨日あったかかったもん!」
「季節は進んでるんだよ」
「なんかレオンが言うと説得力あるの悔しい!」
「悔しがる意味が分からない」
そんなやり取りに、リナは思わず声を出して笑った。
「でも確かに、少し冷えるわね。森の中はもっと寒いかも」
「え、ほんと!?やだ、帰りたい!」
「まだ始まってもないだろ」
「でも楽しみなんでしょ?」
リナが少しからかうように言う。
「……それは、まあ……ちょっとだけね」
「素直じゃないなあ」
ミアが頬をふくらませるのを見て、リナはまた笑った。
(こういう時間、やっぱり好き)
森で過ごしていた頃にはなかった、にぎやかで、あたたかい時間。
少しだけ胸が軽くなる。
「はいはい、そろそろ集まれ」
クロードの声が響く。
生徒たちが中央に集まると、地面に描かれた大きな魔法陣が淡く光り始めていた。
「うわ、これ転移陣だよね?」
ミアが目を輝かせる。
「見たことないのか?」
キースが少し意外そうに言う。
「あるけど!こんなに大きいの初めて!」
「学園専用のやつだからな。遠距離でも安定して転移できるらしい」
レオンが補足する。
「へえ……やっぱりすごいのね」
リナは興味深そうに魔法陣を見つめた。
複雑に絡み合う魔力の線。
規則的で、美しい。
「班ごとに入れ。一気に転移する」
「ちょっと待って、これ酔わないよね!?」
「知らねえよ」
「え、やだ怖い!」
「大丈夫よ、たぶん」
「“たぶん”って言った今!?」
そんな会話のまま、五人は魔法陣の上に立つ。
一瞬。
足元の光が強くなり――
景色が、変わった。
「……っ、え?」
ミアがきょろきょろと周囲を見回す。
「ついた……?」
「ちゃんと立ってるから成功だな」
「よかったあ……」
そこはもう、森の中だった。
空気がひんやりと重く、木々が高く伸びている。
「……久しぶりだな、この感じ」
リナが小さく呟く。
「リナ、森慣れてる感じするよね」
「ええ、少しね」
「なんか頼もしい!私たち守って!」
「ふふっ、任せて」
少し冗談っぽく言うと、ミアが嬉しそうに笑った。
「じゃあ班行動だ。まずはポイントまで移動」
レオンが落ち着いた声で言う。
「そのあと結界設置」
「はいリーダー」
キースが軽く手を上げる。
「おまえが言うと軽くなるな」
「いいじゃん、場が和むだろ?」
「まあ、否定はしない」
少しだけ口元が緩むレオンに、リナは気づいた。
(前より話すのね)
思っていたより、ずっと柔らかい。
「じゃあ行こ!」
ミアが元気よく歩き出す。
その後ろを、みんなでついていく。
落ち葉を踏む音が心地いい。
ふと、風が吹いた。
ミアの髪が揺れて、黄色い髪飾りがきらりと光る。
「ねえ見て、ちゃんとつけてきたんだ」
少し得意げに振り向く。
「似合ってる」
キースが迷いなく言った。
「でしょ?」
嬉しそうに笑うミアの様子に、リナも自然と目を細める。
「リナも」
レオンの声。
「それ、よく似合っている」
少しだけ視線を逸らしながら、でもはっきりとした言葉。
「気に入ってるわ、ありがとう」
そう言いながら、手で髪飾りを触った時
「……それは?」
レオンがふと気づいた。
リナの首元。
繊細な作りの鎖の先に下がっている琥珀石に、視線が止まる。
「前は、つけていなかったな」
「ええ。最近よ」
「そうか」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「……あまり見ない石だな。綺麗だ」
淡々とした言い方。
けれど、どこか確かめるような響きがあった。
「そうね。私も、少し不思議な感じがしてるの」
指で鎖骨の少し上にあるその琥珀石に、そっと触れながら呟く。
「不思議?」
「うまく言えないけど……落ち着くのに、少しだけ心がざわつくの」
自分でも不思議そうに言うリナの首元を、レオンは静かに見つめる。
「……そういうものは、大事に扱った方がいい」
今度は、はっきりと言った。
「理由は分からなくても、意味があることが多い」
少しだけ視線を逸らしながら続ける。
「だから……無くすなよ」
一言だけ、少し柔らかく。
リナは一瞬驚いてから、小さく笑った。
「ええ、大事にするわ」
そのやり取りを、少し前を歩いていたカイがちらりと振り返って見ていた。
「……へえ」
小さく呟く。
すぐに視線を戻す。
何も言わない。
でも――
ほんの少しだけ、空気が変わった気がした。
しばらく進んだ、そのとき。
ふと。
風が、止んだ。
「……あれ?」
ミアが足を止める。
「今、急に静かにならなかった?」
「……確かに」
キースも周囲を見渡す。
さっきまであった音が、消えている。
葉の揺れる音も、鳥の声もない。
「……止まれ」
カイの声だった。
低く、はっきりとした声。
リナの胸が、ざわつく。
足元。
何もないはずの場所。
でも――
(……いる)
確かに、何かが“そこにある”。
ペンダントが、かすかに熱を持つ。
「ミア、結界いけるか」
レオンが冷静に指示を出す。
「う、うん……できる」
空気が、張り詰める。
さっきまでの楽しさが、ゆっくりと消えていく。
森の奥から。
何かが、こちらを見ている。
そんな気配だけが、確かにあった。




