がっちゃんこ
モーブシルバーの短髪の少女、可愛らしい睫毛がぱちぱちしてる。辺鄙な場所にあるパドゥル村の珍しき案内人。
上着のジッパーを首まで上げた。ポケットには木製の鍵が五組纏められたキーケースが突っ込んである。対応している鍵穴はないが、アイクルーには安心感を与えてくれるのだ。
茶髪の青年はきつい度の眼鏡の奥に三白眼をひめている。パドゥル村にやって来た素寒貧の旅人で、旅費や食い扶持を求めて雇われていた。
荷袋を背負っていて、長槍を装備している。ナイフが三本仕込まれていて、ベルトの締め付けを調整出来た。
緊張しているのはわかっていた。張り詰めた空気をお互いに感じていて、何を言おうかと逡巡している。
「・・・・・・ちょっと待ってねー!泣くの止めるね、直ぐだよ、大丈夫」
「待つさ、当然だ。拭くものも持ってない僕が規定外なんだ」
「違う違う、実はビビりなんだわたし。普段我慢してるから、止めるのが下手なんだよ」
「・・・・・・教えてくれるかい?何が怖いのか。僕に屠れるか確認したいんだ」
「・・・・・・ハルト君!ハルト君が怖いんだ、ごめんね!」
◇
役員との会議で帰宅が夜中を回る。外行きのスーツケースに道具は全て揃っていた。額を突合せて村の経営を切り詰める。削れる金がないかどうかを意見する。村長のラードが金の掛かる施策にケチをつけると、村民の寿命を削るつもりかと、最低でも掛けるべき金なので動きませんと詰められる。そんなことはわかっている、わかっていてなによりである。ラードは自前の頭痛が汗と一緒に湧き出るのを感じ不快だった。何回も同じ進退を見せられて、苛立ちを隠せないでいる。
運営資金は常に足りなかった。気圧が乱れ易く太陽が昇らない曇天屋根の土地柄なので、偏頭痛や貧血が生活習慣病として蔓延していた。毎日医者が儲かっていて、それが魔女の儲けに殆どなっている。土地を貸している分の金が入っていたってまだ足りない。気候も土地も魔女の助けをする。村民には牙を剥く不義理な性質をするくせして。
益体も無く帰される折、役員から護衛が一人寄越される。村の治安維持と近辺警護が職務だからだ。夜道に怪奇現象やとろけた影が目撃されるようになってから随分と経つ。年々増加しているそれらは魔女を受け入れてから顕著になった現象だ。絶対に奴らが原因なのだが追及を逃れ続けていた。罪を問えた例がない。
魔女は狡猾で、脅威だった。
だからラードは護衛に金を使わされているし、腹が立って、言いそびれた指摘を行きずり語り聞かせてやるのだ。満足するまで自宅の前で立たせて、気が済んでから勘定ピッタリ護衛に渡す。しかと嫌そうな顔に注意し、玄関に向かった。自宅の扉の鍵を回す。
寒々しい金具の異音。脂っぽい床のテカリに我に返った心地がした。
ラードは、ムダ金使わせやがって、と苛立ちに任せる。
「おい!帰ったぞ・・・・・・帰ったと言っているんだ!」
玄関の燭台に火を付ける。蝋が溶けて今にも消えそうだった。声を聞いて、階段を下りてくる音がする。しと、しと・・・・・・とじれったく降りてくるので、部屋の明かりを付けろと声を荒げた。火の付いた明かりは玄関の燭台だけだった。
「さっさと下りてこい!俺が遅く帰って来るのはわかってたよな。蝋をダレたままにしておくな、昼間やる時間はあっただろ!」
「・・・・・・お帰りなさい、ラード。あの子が寝ているのよ、声を落としてよ。蝋を切らしたのは悪かったわ。明日換えますからイライラして家に当たらないで」
「お前かヘイス。いつまでも母親気取りでいるなよ、あの馬鹿が出て行って何年になる。生んでやった恩を忘れて親の顔を立てない放蕩息子の事なんぞ帰って早々聞きたくもないんだ、やめろ!」
「悪かったって言ってるじゃない・・・・・・!聞こえるでしょう、態と張り上げるのはやめて・・・・・・!外にも聞こえてるんですからね、お昼に誘われた時に噂されてるのよ、毎夜怒鳴り声がするってね!」
「頭の悪い女でいるのをやめろ!口答えするんじゃねぇ!」
ラードは後頭部を搔きむしった。汗と油脂で濡れて気持ちが悪い。眦が霞んで頭痛がした。何時もそうだ。興奮して心臓が圧迫される。息を吸えていませんね、と宣う医者の嫌味が通り過ぎた。
訪問診察が居直った魔女しか残らずに、同じような事を言われ、同じような薬を買わされる。寝ても覚めても噴き出る油汗に苛まれ、妻のヘイスに並べさせた仕事着を着る。実りの無い日々の中、燭台に火を付けて、また蝋が交換されていない。頭にきて、怒鳴るのだ。息子は何時だったか、家業は継がないと出て行ったきり手紙の一つも寄越さないときている。出て行ったはずじゃないか。あの子が寝ているとはどういうことだ。
息子はもう居ないだろうに、下手に出ないで何を言っている。
「何でわからない!あいつは他人になったんだ!」
朝起きて、夜になり、燭台に火を付けて、また蝋が少ない。
寒々しい金具の異音。脂っぽい床のテカリに我に返った心地がする。ラードはそれを見ると堪らないのだ。思考がかき回されて前後不覚、記憶が無くなった。毎日毎日仕事だ。そのはずだったがよくわからない。
息を吸えていませんね。心臓が引き絞られて言葉に詰まった。
玄関を通ったはず。ラードはだから、憤りを感じずにはいられなかったので、手と足を無理矢理合わされて、家内に向かい振り向いた。
「おい!帰ったぞ・・・・・・帰ったと言っているんだ!」
ラードは火の付いた燭台に、何度も火を付け、付け直すせいで消えかかっている蝋をまた減らして、階段から足音が下りて来る幻聴を聞き、鳴り止む時間を待って声を荒げた。
「俺がお、遅くに、帰って来るのはわかってたはずだ。はずだな、蝋をそのままにしておくんじゃない、火が付かなかったらどうするつもりだ!俺をどうしたいんだお前は、ヘイス・・・・・・ヘイス!もう・・・・・・もう・・・・・・。・・・・・・ひ、昼間やる時間はあっただろ!さっさと下りてこい!・・・・・・あああぁ・・・・・・ぁ」
「・・・・・・お帰りなさい、ラード。あの子が寝ているのよ、声を落としてよ。蝋燭を切らしたのは悪かったわ、明日換えますからイライラ家に当たらないで、お願い」
「ヘイス、お前か、ヘイス・・・・・・何時まで母親気取りでいる・・・・・・いるなよ、あの馬鹿が出て行って何年になる。生んでやった恩を忘れて父親と母親を捨てたんだ裏切り者だ、帰って早々聞きたくもない話だやめてくれ・・・・・・やめてくれよ、どうなっているんだ、どうなって・・・・・・」
「悪かったって言ってるじゃない・・・・・・!聞こえるでしょう、態と張り上げるのはやめて・・・・・・!外にも聞こえてるんですからね、お昼に誘われた時に噂されてるのよ、毎夜怒鳴り声がするってね」
「頭の、あ、あ、あ、・・・・・・やめろ!おかしな事を!口答えするな、マトモになってくれよ、何でわからないあいつは他人になったんだ・・・・・・ああぁ!あ・・・・・・ぁ・・・・・・ぉ」
役員との会議で帰宅が夜中を回る。
「ァぁァ・・・・・・」
毎回医者が儲かっていて、魔女ばかり良い思いをしている。運営資金が足りない。
「夜じゃない・・・・・・夜じゃないぃ・・・・・・」
夜道に怪奇現象やとろけた影が目撃されるようになってから随分と経つ。年々増加しているそれらは魔女を受け入れてから顕著になった現象だ。絶対に奴らが原因なのだが追及を逃れ続けていた。罪を問えた例がない。
「ラード・パドゥル・・・・・・四十七歳、ラード・パドゥル、四十七歳、ラード。ラード、ラード、ラード」
自宅の鍵を開ければ、寒々しい金具の異音。脂っぽい床のテカリに我に返った心地がした。そう思った事が引き金として機能していたからだ。
ラードが言葉を無くして、黙り込んでいると、ラードの手を取る女が居る。
鼻の高い、美しい女。赤いグロス、淡い色のブラウスと、スカートを合わせて着ている。
瞳に吸い込まれるようにラードは抱擁された。多幸感に包まれて、何もかもを手放す解放感に気が惚けて、正気になる。
忘れていたことを思い出す。
「お前は」
「嫌ですよ。まだ、まだです。もっとですよ、まだ続けましょう、貴方」
思考を奪われて、夢の中に囚われる。
苦しみだと。
ラードはまた、逃げ出す術を失い、沈められた。
玄関の扉に額うぃ擦って、静止した背中をヘイス・パドゥルは見つめている。
「魔女は男を使って良い思いをしている。魔女は男を便利に使っている。お前らは皆そうなんだろうって、見下したじゃない。私も同じだと一纏めにして。私は悩んで、悩んで、話したのに。子供だって悩んだ、苦労するもの。貴方の子供を産んだのよ、ラード。貴方の子供を産んだのに、お前もそうなんだろうって口を利いたじゃない」
呪いを振りまいて、魔女は去った。
道案内の外は危険で、害がある村。
ヘイスが贈った村中に拡がる、眠らなくても見る悪夢みたいな幻覚の魔法。
毎日、毎日、同じ時間、同じ悪夢を見るように、ヘイスは残る必要があった。
「まだ、続けましょう、ずっと続けましょう。私が朽ちて、村中滅ぶまで続けましょう?」
階段に腰を落として、ギリギリラードを視認出来る位置に座り込む。幻覚の魔法が表出するまでを、ラードを見つめて過ごそうとした。
———コンコンコン、と扉を叩く音がする。
「・・・・・・」
訪問診察はまだのはずだった。ラードを支えてベッドで寝かせるまで時間はあった。不意の来客など現れるはずもない。
ヘイスは指でラードを引き寄せる。引っ張られて足を擦るラードに階段を上らせた。ヘイスは居住まいを正してリビングを通る。
「・・・・・・」
コンコンコン、こんにちは。男の子の声だった。
明朗で、子供の声だとヘイスは思った。出て行ってしまった息子を思い出すとヘイスは弱い自覚があった。
努めて冷たい気持ちを作って、ヘイスは燭台の下の戸に入ったタチバサミを左手に隠して、来客を迎えた。
扉を開く。
「・・・・・・はい、どちら様でしょう?あら」
眼鏡を掛けた、見知らぬ身なりの青年だった。長槍を背負っている。
「僕はレオンハルト!ご機嫌よう、こんにちは。パドゥル村長の自宅はこちらで相違がない?所要があるんだ、留守じゃなくて良かったよ。幸運に感謝だ」
「元気ね、そうでないと。村長の妻です、ヘイス・パドゥル」
「ご機嫌よう、パドゥルさん!いい天気ですね!」
レオンハルトに同行していた少女は、ヘイスの良く知るパドゥル村の案内人だ。常と変わらぬ弓なりの笑みも見とがめて、ヘイスは言う。
「曇り空だけれど。アイクルー?アイクルー・ロックボルト、貴女の仕事なのこれは。役目があるはずね、何をよそ見しにきてるのかしら?ちゃんと言える?」
「役目の内ですよヘイスさん!ハルト君が、村長さんに相談したいって依頼したんです、村長さん元気してますか、お話したいです!」
「お話、そう」
暗示に綻びが出たのだろうか。アイクルーの瞳をじっと見て反応を探る。暗示も洗脳も外れるとかけ直しがいる。確認の為に席に着かせよう。ヘイスは少し考えて、話を繋いだ。
「あの人は臥せっていますけど、起こせばいいわ。十分眠ったはずだから、起こしてくるわね・・・・・・どうぞ?」
「助かるよ」
「お邪魔しまーす!村長さん家久々ですね、久々です」
「そうね・・・・・・ラード!お客ですよ、起きてくださいな、ラード!もう、主人ったら」
扉が閉じるのを待った。
視線が逸れるのを見計らっていた。だので、レオンハルトが自然に振る舞いつつも、ヘイスの全身を観察している事がわかっていた。普通の客人として取り込まれに来たカモじゃない。アイクルーは位置的にレオンハルトに庇われていたので、ヘイスはスカートの影に忍ばせたタチバサミを目下の外敵と断じて振り上げる。排除するのだと決めつけた。
首筋が切れれば致命傷だった。
眼鏡ごと目を切れれば手籠めに出来た。
刃を捕える、凍えた瞳がヘイスを見ていた。不自然に接近されたことはわかる。タチバサミはナイフで弾き飛ばされて、ヘイスの腕を宙に飛び散らせる。関節が外れる嫌な音。激痛を堪える呻き声を全て把握した瞳が、選択の杜撰を知らせて来るのだった。
壁にぶつかり、ヘイスは負け惜しみを言う。
「・・・・・・動揺くらいしたらどうなの、はあ。しくじったわ」
◇
「不安にさせたかな、古巣には戦士と騎士候補生しかいなくてね。用途に合わせた振舞いが出来てないな。先輩の女性経験の雑談をもう少し事細かに聞いておくべきだった。何かしてあげたいけれど手段が無いんだ、僕にはね」
アイクルーにハルト君が怖い、と言われる。
正直に言ってくれるのはレオンハルトにとって望む所だった。それに対応出来るとは限らないのだが、報告の不足は隊長にペナルティを貰う。減る口よりは減らず口。
驚愕に言葉が滑る。芯を食った言葉が吐けない自覚があった。
「怖いっていうのは、何だろ。ごめんね、ハルト君。わたし後ろめたいんだ。色んなのが後ろめたい。わたし嫌だったんだ、あの夢。あの、幻覚の魔法。だからハルト君も嫌だったと思うんだ、わたしより嫌だったかもって、思うんだよ。誰かに迷惑をかける前に気付けたらって思うんだ。そうなら、どうなってたかなって考えると、孤立。孤立、すごく考えちゃって・・・・・・」
「そうはならなかった、それじゃあ不足かな。僕というか、過程が怖い?」
「そうだねー、怖いって動けない。そういうのを思い出しちゃって、わーってなちゃって・・・・・・ビビりなんだ、ごめんね」
「いいさ。気にしない。そうすると、体温が近ければ気休めになるんだろうか。僕の手を貸すよ」
どうかな、とレオンハルトは手を差し出した。眼鏡の奥で、細められた目が揺れている。アイクルーは躊躇して固まった。戦う人の手を塞ぐのは、躊躇いがある。
アイクルーは案内人だ。旅人の荷物になる仕事はしない。快適な観光と手続きを齎す。それが理想的な仕事ぶりだから。理性ではそうだ。
殺されたって文句は言えないはずだとアイクルーは思っていた。レオンハルトは敵や害を殺す事に、あんまり躊躇がないんだと感じている。レオンハルトという人は、容赦無く排除する思考の人。立っている所の全てに怯えきって恐怖するアイクルーだから読み取れたことかもしれなかった。
それで、気後れを感じている。
これは、アイクルー自身に都合が良すぎる。解釈をし直さないといけない枕詞付きの提案だったりしないだろうかと。
レオンハルトは何か考えて、それで笑った。
「手を握っていると安心する。教えてもらったんだ、そうらしいという事を思い出した。実感としては微々たる体験だけども、アイクが怖いなら僕が払いのけてあげたいんだ。ただの人間だ、君と同じ人間。馬が合う素敵な人、ただの手だよ。どうかな、使ってみる気にならないかい?」
「言葉通りだ!そっかぁ、ごめんねハルト君」
「涙引っ込んだ?」
「うん、そう!握手好きだよ、安心するから。お借りしまーす!」
変わり身が早い、とレオンハルトは言われてきた。それで言えばアイクルーも中々だ。涙を拭ったきり何かに納得した素振りでレオンハルトの手をあっさりと取った。笑顔を上手に作る女の子、に戻っている。
よくわからない、と思い続けていた。
人間としての基盤、生活する上での先輩、同志達。それ以前の、砦での訓練以外で人間性らしきものがあった自覚がなかった。心がなかった。使わないからそうだったのか、取り零す何かがあったのか、今となっては定かではない。言葉が飛躍する、急に切り替わったみたい。そう言われても、よくわからないのだ。
ただ思ったことを口に出しているつもりで、実際の所自身の人間性を自覚出来ずにいる。
他人のことはなおの事わからないのだが。
『さも同じ人間かのように振舞っている中身の無い外殻だけのお人形だ』
間違ってないな、と。あれはレオンハルト自身が思っている事に近いのだろう。隊長は言わないし言っている想定も出来ないのだが、その指摘を隊長にされるのは、四肢の欠損相当に痛むのかもしれなかった。
アイクルーにはそれがわかったのだろうか。
「だから怖い、なるほど。」
「わかった?伝わった?だからね、償いたいんだ。ハルト君も、パドゥル村の皆にも償いたいな。わたしに出来る事をしていきたいなって!ビビりは後回しだよ、そんな暇ないからねー!」
「アイクには怒りが無いから僕に贖罪は必要ない・・・・・・けれど、人情はそうもいかない、道理もそうだ。じゃあアイク、次の頼みをきいてくれればいいよ。それでチャラにしよう、僕へのそれは」
「出来る!やるよ、何をすればいい?」
「これでチャラだ、対等って事にしよう、いいか?。パドゥルさんの目の前に僕を案内して欲しい。一瞬で、気付かれない速さで。出来るかい?」
「出来るよ!」
「だったら後は僕が片すよ、彼女を制圧したら一気に事を進めよう。僕の後ろにずっと居て。僕がアイクを守るから、速攻作戦でいこう」
「わかった!戦士ってすごいね、やること直ぐにわかって決められるんだ、頭いいねー!」
「案内人だって道でわからない事ないじゃないか!尊敬するよ、怖い者無しだ」
「がんばるよ!よろしくね、ハルト君!」
「その意気だアイク!こちらこそよろしく!」
調子付いて、闊歩する。
同じ所がある二人。わからないも理解できるも連れて行って、お互いって例外なのかもと楽しげにはしゃぐ。
普通は違う、をわからない。そんなものは知らないからだ。
かしゃん、かしゃんと金具が鳴っている。小さな鍵と、長物の槍。二人の、それぞれの相棒は活躍の機会を待っていた。
一軒家。茎の先が枯れた、寂しい庭が見えている。シダが外壁を覆っていた。
「パドゥル」のプレートが下がっていた。




