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ばたんと閉じる

 レオンハルトはアイクルーに目配せをして、「パドゥル」と書かれたプレートの一軒家を訪ねた。戸を叩く。コンコンコン。


 「こんにちは」


 アイクルーには、レオンハルトの太股部分に同化して隠した、仕込みナイフが見えていた。背中の長槍は家屋では振り回せない。見える位置にある武器は目を引いてくれる。何をもって対処出来ると相手が思うかは、その場の判断力が必要になるのだとか。

 戦士の駆け引きなど、心得も関わりも無い分野だった。ただ、あからさまに目線を泳がせたり、口数が少なかったりすると感付かれるだろうことはわかる。

 アイクルーは、いつもより緊張して、いつも通りに笑顔を作った。

 それが一番確実に、自分に出来る精一杯の貢献だったのだ。

 それで、ええと、そうは言っても、口走る時は口走る事も承知していて、いつも通りに振舞うだけが役割ではなかったので、何を言ったか何て、あんまり考えてはいなかった。


 恨みの目。たっぷりと込められて見つめられる。

 目だけが全然違うから、アイクルーは恐怖に煽られて、鍵を突き出した。

 短い距離を、たった一瞬。

 ヘイスの目前に迫ったレオンハルトが、既にナイフを抜いていた。

 制圧して、ヘイスの首にナイフが向かう。

 それでも、ヘイスは気丈だ。忌々しい、という感情を捨てないでいる。


 「・・・・・・感情、何にも動かないのね。しくじったわ」

 「感情。パドゥルさん、何にも無いのに変動が起こる訳ないだろう、パドゥルさんと僕は初対面だ。下す対象に情が必要だと言うのなら僕は勉強が足りなかったようだ、精進しよう」

 「わー!殺しちゃうかと思った!ビックリ!びりびりした」

 「捕まるのは本意じゃないからね!感謝するよ、アイクのタイミングもバッチリだった。初めての戦闘は力みが起きるのに、相当僕がやり易いときた!」

 「やったー!」


 「アアァーー、騒々しい。何、殺さない?だったら何しに来たのよ血を流し損じゃないの」


 「行ってきまーす!」

 「よろしくお願いします!」


 がっちゃんこ。アイクルーとレオンハルトは存在が消えた。

 

 「・・・・・・は?」


 二階からドタバタ走る音。かしゃーん、と割れる音で溶けていく魔法の気配。


 「ただいま帰りましたー!」

 「ありがとうございましたー!」


 バタンと、虚空で何かが閉じる。消えたと思った存在感は質所に戻って、清々しく笑っている。

 二階で寝かせたはずのラードがリビングに転がされ、それをレオンハルトが監視していた。

 事態に気付きヘイスは言った。


 「・・・・・・何てことしてくれたの!アイクルー!どういうつもり!」


 夢から醒めた心地がした。せっかく悪夢を見ていたのに、それをあっさりとぶち壊した。

 呪いは一つ解かれたのだった。これでもう、パドゥルに人を閉じ込めておけない。

 

 「裏切り者、男にたぶらかされて便利に使われて。良い思いをするのも今の内よ、みっともなくて惨めな女」

 「・・・・・・ヘイスさん、わたし村長さんに元気になってほしいです。白目剥いてる、げそげそしてる。ヘイスさんも顔が悪い、わたし案内人の役目をくれたヘイスさんに元気になってほしいです。洗脳だったかもしれなくても、任せてくれたのが嬉しかったです、だから」

 「今更、私を理由に持ってくるの」

 「わたしもあの呪いの魔法が嫌だったから、ハルト君が嫌だよって言ってくれたからわかったんです。ヘイスさんだって嫌だって思ってる。ヘイスさん、元気になろうよ、体に悪いよ、おしまいしよう!」

 「・・・・・・下手くそ。人をノせるのが下手くそよ。魔女の縁者とは思えないわ」

 「村長さんは担いで診療所まで運ぼうかな、皮膚がほぼ紫色だ。腐肉死体に類似・・・・・・パドゥルさん、まだ言い分があるのかな。投降者の時分で」

 「待って待ってハルト君!わたしの上司!命取らないで!」

 「取らないとも、まさか」

 「・・・・・・無いわ、無いわよ。負け犬だもの、後は野となれ山となれ、ふん」


 説得されてやった訳ではない。また呪ったって良かったのだけれど、意義もないなとヘイスは諦めた。

 流れた血は最小限。呪いの触媒は手元にない。逆転の一手は摘まれている。

 暗い気色は良くなっていくだろう。寝不足の一因が消えるのだから、入り口が開かれて換気が進むのだ。小さな村は、坩堝を脱した。


 「まず、役所に配送。もっかいがっちゃんこする?ハルト君」

 「それもあるね!頼めるかい」

 「任せてー!早いのもね、案内人の売り!」

 「その意気だ、いいね!ああご飯時を逃してしまったな、何か食べに行こう!アイクはお腹空いた?」

 「お腹すいた!宿で出してくれるよ、前借りだね!」

 「食べたら働かなくては、やる事が山積みだ。アイクはやる事何かあるかい?」

 「やる事ー?ハルト君の案内以外お客居ないよ?」

 「じゃあやりたい事は何かないかな、何だって付き合うよ、折角縁があったんだ、何処へでも」

 「・・・・・・あれー、あのね。自分事情?なら一個あるんだ」

 「何、それ」

 「兄ちゃんに会いに行きたい・・・・・・顔見てないから、心配なんだ」

 「同行するよ!僕会いたいな、アイクのお兄さん。会いに行こうよ」

 「やったー!準備するね!お休みもらうね!」

 「僕も道具を揃えなくては、それでいこう、頑張ろうね!」

 「がんばろうね!ハルト君!」


 とんとん拍子に計画は組まれる。

 違和感がパドゥル村全体に広まって、村民が一塊と化して顔を付き合わせているというのに、元凶の魔女が恨みがましい目で見上げているというのに、レオンハルトとアイクルーには関係がなかったのだ。

 

 「兄ちゃんの所に行ける鍵、初めて使うんだ。どうしてるんだろう兄ちゃん、元気してたらいいな、早く会いたいな」

 「アイクの大事な人、どんな人なんだ。ああ、先に聞くべきだったのに失念していた。年は幾つ離れている?名前は?」

 「わたしが十七歳だから、二十一歳!四つ上なんだ。名前は、ライラック・ロックボルト!わたしが、アイクルー・ロックボルト!」

 「隊長と同じ名前だ!一気に親近感が湧いたよ他人事な気がしなかった訳だ、是非に対面したくなった、俄然!いい名前だ、ロックボルト!響きが好きだよ親しみを感じるからね!」

 「えー!初めて言われたそんな事、嬉しいなあ、嬉しいなあ!わたしも隊長さんに会ってみたいなー!」

 「隊長にも会っていこう!アイクを紹介したいしアイクのお兄さんに会わせたい!楽しい偶然を報告しに行きたい!」

 「ハルト君ずっと楽しい!やったー!」


 それでいいのかレオンハルト。それでいいのかアイクルー。

 当然ながら、何も問題ではなかったのだった。

 木霊のように、童のように、楽しげな算段に夢中だった。

 人間性が無くたって、感情が死滅して久しくたって、響き合う音が聞こえていた。

 それが嬉しいと、言葉にする程自覚はなくても。

 二人にとっては、それでいい。

 開かれた世界で、何処へだって行けるのだった。

 

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