天井、日課の禁止 下
ライラックの状態を言うならば、絶不調といっていいだろう。
所感は内臓が飛び散る様な激痛、精神が散り散りにバラける加圧感。意識を飛ばしたという記憶があり、死にかけたと自覚出来る消耗が残っている。
八歳のライラックがした無茶の先だった。
場所、対象、時間を定めた一度の予言。
日課の予言の練習、鍛えて伸ばすなど出来る筈もないのだった。
自警団の団長タスキに禁じられたというのもある。そうなると、ライラックはやることが無くなっていた。
右手を割って間がないのでジュヒーの仕事から外されて、予言の練習を出来ないとなると急に時間が出来てしまった。
ふらりと、ライラックは自警団の訓練に顔を出す。午前の時間が空いていたから。何か考えての行動ではない。ただ、ふらりと、身体を鍛えに行く。
当然、初回にそれは頓挫した。
走る前に足が縺れて、動悸が酷く走れなかったのだ。
体力も精神も回復に回す必要があって、それがあまりに思考から抜けていた。
「ライラック、お前は全身疲労、全身骨折状態だ。傍目には何処も怪我をしていないし、実際何処も折れてはいない。だがわかってるな?深刻な疲労が身体にたまって動ける状態じゃないとわかっていて、何故やる。大人しいのは外面だけか、騙された気分だ。お前のやる事は食って寝る事だ。今回はもう医務室で寝ていろ、起きたら家に直ぐ帰れ……何?ジュヒーさんには自分で言う?好きにしろ、強突張りが」
苦そうにタスキ団長は言い、足早に去る。叱る以外の蟠りを感じても、ライラックは頭を下げた。
成果の一つも出せない日。ジュヒーに、ライラックは面通しする。
「大丈夫かライラック、一人にしとくと直ぐこれだ全く……、本が読みたい?選ばせてやるから帰りにな、図書館に行こう。母さんには俺から言っておく」
呆れたとため息を付くジュヒーは仕事に向かう。医務室に残されて、ライラックはベッドに寝転んだ。
医務室のベッドは古くて固い。広場の接地面に設けられているので出入りがなくても声が通る。掛け声、号令、武器の音が容赦なく聞こえる。
だから眠れない、で評判の場所だったが、ライラックは寝入りに関しては苦労をしない性質なので、見舞いの声掛けがない限り、ちょっとも睡眠に支障がなかった。
仰向けに手を組んで熟眠し、呼ばれてライラックは目を覚ます。
「大丈夫かよライラック、力が抜けたって感じだったからビビッたぜ、なんでそんな弱ってんの。眠いだけ?ふーん。まじ眠そう。俺はゾッとした、指組んで寝るの止めろよそこだけ葬式の空気だったぜ。足もそろえんなよ、まじ葬式だから」
額にガーゼを貼っているカニカが言う。剣を振れないとつまらないんだよな、とぼやきに来たのだ。走り込みと受け身の練習をしてきたらしい。
「きりつがどうのって頭固いぜ。俺は動けねぇってんじゃないんだからさ」
「僕は走れない。受け身も無理だ。何にも出来ませんけど」
「ライラック?お前スネてね?……そんなイテェの?」
「痛みに何の関係があるというのですか。別。予言をした。それが原因です」
「ケガした後にも予言すんの?なんかアレ、大人みてー」
「予言をするのは決まりです。生まれた時から決まってる。……カニカ、タスキ団長から何か聞いてる?午前の訓練中、何か言っていませんか」
「なんかあ?別になんも。あ、知らない大人が周りに増えてっけど?あれ、多分朝からだったと思う」
遠目に見ただけで会話は聞いていない、とカニカは言う。
変化はあったのだろう。会話を聞ける、という事は無い。聞ける位置で話したりはしないだろうからだ。
クレネックの街の自警団は、訓練の監督役を仕事の合間を縫って立てている。指示は出すが指導はほぼ無い。講習会の面が大きいのだ。辞めるも続けるも自由参加、所属名簿は書類一枚。訓練生に情報は開かれない。
組織人として組み込まれていないのだ。
子供はより、それから外れる。
「時間の無駄です」
「何の?どこの?感じ悪ィな、何なんだっつの」
「悩んでる。ずっと考えてる。上手くいかないんです。時間の無駄使いが嫌です」
「えー?一個?二個?」
「……三。四、五……はない。未熟です。うまくいかないです」
「二個にしよーぜぇ?五個もラッパもねーよ八歳!悩みがんなにあるかぁ!」
「厄災はタスキ団長の話を待ちます。明日、元気になったら予言の練習をします。アイクルーの心配を今日する。アイクルーの話を聞いて、カニカ。父さんと母さんに教えてほしい事がありますので聞きに行きます。……決まりました」
「なが、長い!なんて?」
ライラックは弾みを付けて起き上がった。寝起きだからか頭痛がする。
口に出した懸念事項が整頓されて残された。それは相談に乗ってくれたカニカのお陰なので笑って礼を言う。
「カニカに妹のアイクルーの話をする。カニカが聞いてきいてくれたからだ。力を借ります。ありがとうございます」
「まじ、キモい。ホンットキメーからな!聞くけど、こう、待てよ!話し方!」
「言葉には力がある。僕は話し方が悪い、という事。わかりました。直します」
「本当かよ。いいよ、ダチだし。テキトーで」
「……勉強するよ、カニカ」
アイクルーの事情と、ライラックの感情をカニカに話す。
カニカは天井を向いて難しそうにしている。
「ライラックは、はげましてーの?元気出してほしーんだろ?ツマルトコロ」
「……そうだね?それかもしれません?」
「どーゆー感情?」
「……妹って何をあげればいいんでしょうか?」
「居ないし、一人っ子だから、わかんね!」
「……女の子って何をあげればいい?」
「よけーわかんね!あでも、食いもんは食ったら無くなるじゃん?オモチャとか、新しいスプーンとか……」
「……考える。参考にします……」
「何とかなりそ?イエーイラッキー」
カニカが医務室を出た後も、ライラックはアイクルーへの贈り物を考えた。昼食を食べずに寝過ごして、ジュヒーが起こしに来た時には室内は赤みがかっていた。
あるにはあった、置かれていたライラックの分の昼食をジュヒーに食べてもらう。ジュヒーを急かして、歩みを早めた。
考えるだけでは思い付かないのだ。クレネックの街の図書館に、気が急いて、空腹を感じなかった。
「何の本を借りたい?ライラック」
「カニカが、教えてくれたんです。丁寧な喋り方の本と、僕があげられるものがのっている本を借りたいです」
「喋り方の本だぁ?どう変わるんだ、またお前は」
「読んでいない絵本も、アイクルーに読みたい。父さん、探していい?」
ジュヒーはライラックをちらりと見やって、仕方なさそうに息を付く。ライラックの先に行き、肩を揺らした。
ジュヒーの背は、うんと上にある。
「手間のかかる子だ」




