予言、厄災の所在
タスキ団長は、イカリ肩の中肉中背。クレネック製の目玉に似た柄の羽を模した、マントを着用している。腰に刺さった大剣を容易く振るい上げる、肉厚の首と太股を持っていた。
剣で潰す、などという芸当が出来るのは実力者の所業であり、タスキ団長は実力者その人に当たる。
カニカとライラックはタスキ団長にしこたま怒られた。
暫く剣を握れると思うなよ、一週間走り込みと受け身練習だと言い渡された。
額に赤い痣を作ったカニカは名残惜しそうに帰路に着き、右掌を針で縫った後、包帯を巻かれたライラックはジュヒーに小言を言われた。仕事の手を減らして、お前という奴は。子供が子供を庇って怪我するんじゃない、と。
ちらちらと、ライラックを見ているジュヒーは、タスキ団長に促されて集会場の客室へ通された。小窓から赤みがかった太陽の光が覗いている。
「子供らしい事をまるでしない奴でして。やめろと言ってもやめた試しがない。躾しきれませんよ」
「監督責任を果たせなかった此方の落ち度です。監督役の再教育を致します、申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ。愚痴です、此方こそすみません。ウダウダと」
「これも仕事ですので。……ライラックも、すまなかった。怪我はツキモノと言っても一等お前は小さい。もっとマメに見ればよかった」
「え……いえ。カニカが死ななくてすみました。十分だと思います」
「怪我をしなくて十全なんだ。負傷者はゼロが何より良い」
「……うん」
ライラックは得心いって我が身を振り返った。カニカが死なない事ばかり気にしていたけれど、額の怪我が無ければ彼だって明日の鍛練を剣で出来た。ライラック自身も遅れを取り戻すべく剣を使える。そう出来れば何より良い。
一人でに頷いている。
「……大人し過ぎる。齢十つと思えない。なるほど、ジュヒーさん。ライラックは、此方でも注意してみましょう」
「ええ、宜しくお願いします」
タスキ団長とジュヒーは、配膳されたコーヒーを口に含み、話題を切り替える。お次は自警団と商人の交渉事だった。
「小型、中型の魔物が死んでましてね、剥ぎで活用はしてるんですがそれをやる団員が不足してます。やれる大人がまあ居ないんで、皮職人……若しくは扱える商人達に繋いでいただければ」
「皮ですか。皮は、宛がどうにも。植物でやるようなのが本職と言いますか、ああまぁ、声はかけられます。森に安心して入れるのは自警団が睨みを効かせてくれるおかげだ。集まるかはまた後日」
「お願いします。クレネックは比較的平和ですが、他所では厄災が侵食を再開したとか。文献を読み解かないと正体も対策も取れないのが忌々しい所でして、動物や星を読むのも限界があるそうです」
「クレネックは、安全ですかね?」
ジュヒーが固い顔をしている。タスキ団長はすげなく言った。
「ライラックが居ますから。当日一日は」
ライラックは、二人を待っている。じっと。
「死人は減りましたよ、物理的に。ご存知ですね?」
「……ええ、クレネックの住民名簿を暗記させてから、毎日予言なんかをしてますよ」
「その割に、報告に上がっている予言が減っていますね。やって貰わないと困るんですが」
「だったら何だって、私はしがない商人だぞ。呪いの類いにそこまで頼ってる方が怠慢なんじゃないのか」
「その占い、呪いに頼っているのがクレネックという街なんですよ」
クレネックの街は、自警団が組織化されて長いという。団員を増やし、対策を立ててきた。
魔物の調査。調査の周知。各方面への依頼。
クレネックの通例として、予見出来る危機への対策に、予言や占いを用いて来た。
先ずをもって、クレネックを守れ。
タスキ団長は就任以降、何くれとなくそう周知してきた。
だからだろうか、使える駒は子供でも使う。
クレネックの守護、それにまつわる雑事の消化。
現役の剣士でもあるタスキ団長は時折、団員相当住民にも働かせようと要請するのだ。
しがない商人、ジュヒーにとっては堪ったものではない。
「団長さん、私にとっては二度目だ。家内と次いで、二度目。妻は、リーラは街で出歩く事は出来ても、占い師として仕事はもう出来なくなってしまった。街を守れれば一人一人の生活は犠牲にするんだろう。私から子供の未来まで奪うつもりか」
リーラ·ロックボルトは元占い師である。危険を知らせる、虫の報せを受けとれる。それを占いとして売っていた。
蜘蛛や、蟻や、カミキリ虫が仕事仲間だ。クレネックで虫の報せを受けとるため、虫が街中に生きていた。仕事を自警団から受ける度に虫は増やすしかないのだが、ある日街中から虫が殺されて一掃される。自警団に駆除の要請が掛かり、自警団主催で害虫駆除が為された。
仕事に応じて暮らしていたら、身の内みたいな虫を殺される。
リーラは心が折れて、占い師を辞めた。
ジュヒーには新しい記憶であり、同じ導線を辿りつつある子供を想えば義憤もある。
「ええ、ですから、やり方を変えましょう。偏らせたのが駄目だった、確実性ばかり取って人間の脆さを見誤りました。そこは申し訳ないと、挽回していくと決めている所です。毎日依頼していた、課していた予言、減らしましょう。一回一回絞るんです、必要な予言をしてもらいます。クレネックが守れれば良いのですから、個々人の不幸はライラックでなく、私達自警団が担う形に」
「都合の良い事を。言っている事が滅茶苦茶だ、信用ならない」
「検討、頂けないと困るんですが。子供でも義務はある、クレネックに住む人間ならば当然」
「治安維持の協力は義務、またそれか……私は、リーラの血に抗ってやり仰せた試しがないんだ。何時も、何時もだ……この子も、どうせやるんだろう、やるしかない血なんだ……」
「検討頂ける、と。では今後、依頼無く予言は求めません。自警団としては一回一回、別個で依頼します。それでいきましょう」
「ライラック」
タスキ団長が、ライラックに言う。
視線を合わせに少し屈むので、ライラックは背中をピンと張った。
「予言をしろ。クレネック近辺で、何の厄災が、何を起こすのか。今日の事じゃない。そうだな、向こう十年で変化があるのか、知りたい。今から十年までで、予言をくれ。出来るか」
「……やる。…………落ちます。……あ、」
ライラックの予言の範囲は当日一日分、誰に、何が起こるのか。
十日以上を予言した事が無い。
人間以外を予言した事が無い。
一年後、でもなければ、ここから一年、でもないけれど、ライラックは予言をした。
とっても痛い。千切れそう。
身体がそうなのか、頭の中がそうなのか、ライラックにはわからない。
「どうした、おいライラック。一回止めろ、ライラック、ライラック!」
「ジュヒーさん、刺激しない方が良い。ライラックは負荷に耐えているんです。見て下さい、手が震えを堪えているでしょう。もう少しです」
◇
石の残骸が落ちていました。
建物の中なのかもしれません。
同じになるんだ、と思う。
同じにくだけるんだと思う。
残骸が辺り一面に広がっていました。
広くて、途方もなく、それたちと同じになるような気がしました。
これ、なんだろう。
ーーー僕か。
ああ、これは、僕なのかもしれないです。
納得しました。
ゴミみたいな場所だった。
ゴミみたいに、僕は転がってた。
◇
ライラックは全身から、痛みが引いて、震えが無くなる。
視界は色味を取り戻し、心臓の鼓動が巡って、心を満たした。
予言のやり方は練習している。求める結果を目指すだけでいい。
ライラックの持っている色々を消費しているから、身体がもんどりを打って痙攣しただけだ。
言えばいい。言える筈だ。その為に戻って来たんだろうから、ライラックは予言を口にする。
「落ちます。厄災カル·シミルは、ホルダーキの砦に十年後、癒着する」
厄災は、減らさなければならない。
実害だから。大きくなり、広がっていき、人々を不幸にする厄だから。
点在して脅威を振り撒くそれらを、人々はある程度の犠牲を前提に狩り取らなければならない。
増えていくから。死んでいくから。殺す方法を施策しなければ、何を振り撒いているのか特定しなければ、滅んでしまう。人間も、動物も、色々な、種族ごとだ。
殺せた試しがあるのかと、嗤い声が滲み出す。
ライラック·ロックボルトが予言した。忌日が迫ると、予言したのだ。
厄災が、そこにいる。




