仕事、午後の訓練
ジュヒーはライラックを連れて、クレネックの街、その自警団の集会場に顔を出した。タスキ団長という人に今朝の予言を全て伝えて、それに伴う手配を済ませる。自警団の仕事に予言や占いの結果を組み込んで、護衛や取り締まりの人員を変えるのだ。
ジュヒーは自警団に、武具を仕入れたり成果物を提供したりして生計を立てている。ライラックは八歳になる少年なので、鎧や剣の継ぎ目に使う組紐を編む仕事をやらされる。
集会場はクレネックの門戸を担っていた。敷地内に商人が集う区画があり、そこでライラックは大人に混じり午前中いっぱい仕事をするのだ。ジュヒーは商品を売りに出て行ってしまうので、原料を大体は使い切ってしまわなければならない。子供に出来るギリギリの工程。ライラックは淡々と完成品を袋に詰める。
仕事をやり切ったらほぼ午前を使い切るのだ。ジュヒーが昼食を買って戻って来るのでそれを食べて、受付で組紐と金銭を交換するのを見届けると、ライラックは午後の訓練に参加するのだった。自警団の戦闘基礎訓練である。
まずを以て、クレネックを守れ。団長の掲げる理念だった。
街の自警組織としての側面を強く持っている。幼少から、訓練を受けるだけなら誰だって受けられる組織だ。国の養成施設への入団試験があるにはあるが、それは自国を守るための人材育成を兼ねるというだけで、合格したという話はほぼ無かった。街の外は厄も獣も出る。自衛手段を持たない事には交易もままならない。
クレネックの自警団は住民に戦闘基礎を覚えさせる。幼年からでも、老齢からでも。
ライラックは毎日、二回ある訓練の午後の部だけ参加していた。ジュヒーの仕事に連れて行っても、商売の邪魔になった。一人の方がマシ、とジュヒーは言うので、ライラックはなし崩し的に自警団の集会場に置いて行かれている。
ベンチにずっと座られても困るという事で。最低十歳から参加出来る訓練に、より軽く作られた木剣を振って鍛練しているのだ。
言われた通りに、ただ数をこなす。
「やる気の一声!とかない感じ?」
十代の子供が纏められて、共に剣を振っている。ライラックはより年下で体が小さい。訓練にも半分しか参加していないので、実力が無かった。
武器を持った時、持たない時の回避行動。あらゆる体制での受け身の練習。走り込み。ひたすらの素振り。
十代が持たされる木剣の更に小ぶりな剣を振る。実力が劣り、運動量すら追い付かなくても、ライラックはひたすら反復した。
十一歳の少年、カニカはライラックに少し寄ってくる。カニカは木剣を振るう。剣の重さの勢いで足が浮いていた。
「ない。出てきません」
「冷めてんなぁ、おっきな声出そーぜ?返事デカくないと団長怒るじゃん」
「適当にやると団長怒ります。見に来る」
「十才チームってまだ予備じゃーん。そこまでしないしない。おれたちには、まだ先のやつだって」
「八だよ、僕」
「え?なにが?」
「八歳ですよ。君とは三歳違います」
「うっそだー!ケイゴと、それ!それで!?」
「十一歳がウソだ。僕そんなこと言ってないのに、びっくりする」
素振りが止まる。カニカは十代からの訓練生としては下から数えた方が早い少年だ。素振りを終え、受け身の練習に移っている他の子供達を追いかける側だ。体格が小さくても文句も言わず鍛練を続けるライラックに親近感を覚えての気安さなのだが、年齢差があった事に驚いている。
「前に聞いたことあるんだよ、なんてったかな、えーっと……そう!ブンフソウオウ!大人顔負けって意味!チビの言うことじゃないじゃんライラックはさ!」
「練習したからです。予言って言葉の勉強がずっと必要です。チビも相応もない」
「勉強軍人!げぇー、キモい!」
「……終わらなくなるよ、鍛練」
「なあんでそんなに勉強すんの?」
一応、といった風に素振りを再開する。ライラックも素振りを続けている。早さも、振りの強さもまるで話にならないくらい差があった。年齢差、体格差は如何ともし難い。カニカの素振りは型になっていて、整っていた。
ライラックは素振りも、予言もまともに出来ていない。
「予言は危ないんです。予言をすることは走るのと同じで、疲れます。転ぶ。僕だけがケガするんじゃない。練習しないと予言は危ないんです。出来るようにならないといけないです。出来ていないから」
「へー、剣みたいなもん?すっぽ抜けたら人に当たるみたいな」
「それ」
「じゃあがんばってモノにしてやろーぜ!剣みたいに!なあライラック、予言してくれよ俺のこと」
「……落ちます。カニカは額に剣が当たります」
「えっ」
カニカの木剣が、フイッと抜ける。不注意と、油断。地面は土なので衝撃をある程度は吸収してくれるが、木剣の当たり所が埋まっている面の広い小石だった。勢いそのまま反射して跳ね返る。
「危ない」
予言をしたライラックは手を伸ばした。
頭は致命傷、血を流せば死ぬかもしれない。
脳裏にかすった情報を回避するのだ。一番早いのは、ライラック自身が止める事だ。
予言はある程度、回避するためのものだから。
腕を突き出す。力任せに弾き飛ばせる腕は無かった。カニカに向かって木剣の先を右手で遮る。カニカの額と木剣で、ライラックの右手は挟まれた。
「いた……くない?ライラック!?」
からんと木剣が、土に落ちた。
予言をしたからそれが起きたのか、予言をしなかったらカニカは死んだのか、割れて血を流す掌の有り様を見て思う。
予言をしなければ、危険はわからない。
それでもライラックは今の所、今日の予言しか出来ないでいる。
練習して出来るようになった事は、それだったのだ。
虚脱感。無力感。いやそんなことは、今考えたってどうでもよくて。
ライラックは息を吸い込んで、カニカに言う。
「ケガをしていませんか?」
「ライラックがケガしたんだって!ごめん!よく見てなかったホントーにごめん!血がすごいよ!」
「予言が役に立ったんです。……手当てを、してもらう」
「行こう行こう、まじで。ごめん。えーっとい、医務室……!」
予言は、悪い兆しは回避出来なければ意味がない。
喉が氷を飲んだように冷たくたって、頭が湯だるように熱くたって、練習しなくてはいけない事。
ライラックは自分自身に約束をしている。頑張る事を約束しているのだ。
だって、予言って危ないから。




