高松交番の守り人 2
『貴方が決めたわけではありません。選んだのはAIです』
三木達樹は小さく息を吐き出すと
「はたして、AIだけだったのかどうか……運命というのもあるのかもしれない」
と呟き、岡山西警察署刑事課捜査一係のフロアにある自身の席から立ち上がり、一番奥の席に座っている課長の前に進んだ。
「それでは高松交番へ行ってきます」
それに課長の吉本健司は笑みを浮かべると
「大変だと思うが宜しく頼む。これは岡山……いや、日本の先が掛かっていることだ」
と告げた。
達樹は敬礼をすると
「はい」
と答えると踵を返してフロアを後にした。
同じ時、田畑と山の稜線が長閑な光景を見せる鄙びた住宅街にポツンとある高松交番で瀬野明里と三木竜次は顔を突き合わせていた。
その詰所の扉の向こう側にはPOL033というロボット警察官が周囲を自転車や徒歩でパラリパラリと行き交う人々に敬礼で挨拶をしながら見守っていた。
明里は時計を見ると
「この後、坂井さんが来るんだよな」
と告げた。
竜次は頷いて
「ああ、兄貴……じゃなくて三木警部が俺たちを連れ出すようになってから臨時出勤してくれてる」
と両手を合わせた。
「本当に非番なのに申し訳ない」
明里も両手を合わせて
「だよな」
と告げた。
竜次は少ししてはぁと息を吐き出すと
「けど、この前の強盗遭遇はちょっと肝冷えてさ。俺、やっていけるかなぁって思ってさ」
と告げた。
「恐怖で大事な時に動けなかったらと思って……瀬野は動けるからすげぇと思ってる」
明里は首を振ると
「俺もビビってた。でもさ、俺の場合は後先が見えてなかったからPOL033が助けてくれてなかったらやられてた。三木はそう言う意味では状況が見れてると思う」
猪突猛進なんだよな、俺。とぼやいた。
竜次は苦笑して
「俺ら足して二で割ればいいのかもな」
と告げた。
明里は窓の方を見て坂井進がやってくるのに立ち上がると
「だよな」
と答えた。
坂井進は二人が詰所から出てくるのを見ると
「もうすぐ三木警部が来られるな。気張ってこいよ」
と告げた。
明里も竜次も敬礼をすると
「ありがとうございます、頑張ります」
と答えた。
そのすぐ後に達樹がやってくると明里は竜次とPOL033と共にパトカーに乗り込んで岡山駅へと向かった。
が、事件はその途中で起きたのである。
大平山の裾野に沿って走る国道180号線を西に進み両側が田畑の長閑な場所を超えて家が少し密集している吉備津の真金一里塚の石碑が立っている住宅街を抜けようとした時に人々が一軒の家の周囲に集まっているのが遠目から見えたのである。
後部座席の左側に座っていた明里はそれに
「三木警部……なんか人が」
と告げた。
達樹にも見えていたようで
「ああ、少し気になるな」
と言うとウィンカーを出すとゆっくりと路肩に寄せて止めた。
明里はドアを開けて
「見てきますか」
と言い出ると、助手席に座っていたPOL033もまた「確認してきます」と後について足を進めた。
5名ほどの男性や女性が集まっており一人の女性が
「警察呼んで!! 私の子供が捕まってるのよ!!」
と叫んでいた。
明里は彼女の方に駆け寄ると手帳を見せて
「警察です、何があったんですか?」
と聞いた。
女性は目の前の家を指さすと
「あの男が家に入ってきて子供を監禁しているのよ!!」
と叫んだ。
監禁籠城である。
それに窓から男が
「違うだろ!! お前が俺からだまし取った金を返せって言ってるんだ!!」
と怒鳴った。
「それをお前が逃げ出して子供を人質にしているって喚きだすから!!」
人々はざわめき顔を見合わせた。
明里はPOL033を見ると
「直ぐに三木警部と巡査に知らせてきてくれ」
と告げて、女性に
「金を借りていたんですか?」
と聞いた。
彼女は顔を嫌そうに歪めると
「関係ないでしょ!! それより子供よ、子供!! あの男をサッサと捕まえて! 警察じゃない!!」
と怒鳴った。
「とにかくあの男が子供を誘拐したのよ!」
男は窓の横の壁に背を付けて
「お前は!! そうやって俺から奪った300万をないことにしようとしているんだろ!! 金を返せ!!」
と叫んだ。
明里はPOL033が呼びに行くのを見送って息を吐き出すと男性に向かって
「とにかく落ち着いて、子供を解放してください。子供は関係がないです」
と呼びかけてみた。
男は首を振ると
「俺が捕まってその嘘つき詐欺女が全てチャラにしようとするのが許せない!!」
と叫んだ。
女性は明里を見ると
「とにかく、男を捕まえて!! 金が何よ!! 300万くらいでみみっちいこと言わないでよ」
と怒鳴った。
明里は女性に
「300万を男性から受け取ったのは本当なんですね?」
と聞いた。
女性はいらっとした表情で
「だから! 300万くらいなんだって言うのよ。だいたい、誰が300万でグダグダ言う男と結婚するのよ! 勝手にその気になって300万出した向こうの方が悪いんじゃない!」
と叫んだ。
達樹と竜次とPOL033が駆け寄り明里は息を吐き出すと
「男性が女性に300万騙し取られたと……それで返金で揉めて子供を人質に立てこもったみたいです」
と報告した。
女性はそれに
「ちょっと! 300万と子供と比べたら子供に決まってるでしょ! さっさと逮捕して!」
と指をさした。
達樹は携帯を手に
「とにかく署に連絡を入れる」
と告げた。
竜次は明里を見ると
「確かに子供が優先されるし、監禁立て籠もりと詐欺じゃな」
と告げた。
女性は頷いて
「そうよ、だいたい300万用意したら結婚しても良いけどって言っただけよ。それを真に受けて300万渡したんだから結婚してくれるんだろう? なんて」
そんなはした金で、と顔を歪めた。
「だいたい返せってせこいわよ!」
達樹は息を吐き出し
「それは立派な詐欺罪になる」
もっともその前に子供の身が心配だがな、と呟いた。
明里はPOL033を見ると
「POL033はどう思うんだ?」
と聞いた。
AIである。思いもつかない正しい答えが出てくるかもしれないと思ったのである。
竜次も顔を向けると
「そうだな、POL033。お前ならどうこうどうする?」
と聞いた。
POL033は冷静に
「詐欺罪と誘拐監禁罪では誘拐監禁罪の方が重いので先ずは子供の身を確保して犯人を逮捕します」
と告げた。
竜次は腕を組むと
「だよな」
と告げた。
明里は少し線を下げて
「俺は違う」
と呟いた。
それに竜次もPOL033も連絡を終えた達樹も目を向けた。明里は女性の腕を掴むと
「子供、救いたいんですよね?」
と告げた。
女性は驚いて
「な、なによ」
と告げた。
他の野次馬の人々も二人を見た。
明里は冷静に
「そもそも貴方が彼を騙さなければ彼もこんなことをしなかった」
と言い、女性の腕を引いて男性のいる家の方へと向かった。
「彼に300万返すので子供を解放するように言ってください。それと騙した謝罪を」
女性はそれに
「冗談じゃないわ!! 返すつもりなんてないわよ!! 馬鹿がくれた金よ、私のモノよ」
と叫んだ。
男性は「ふざけるな! 俺がどれだけ苦労して溜めたと思ってたんだ!!」と怒鳴った。
明里は女性を引き摺り
「子供は本当に関係ありません。貴方が話し合いたいこの女性と人質交換してください」
と告げた。
竜次は驚いて
「おい! 瀬野!!」
と足を踏み出しかけた。
が、それを達樹が手で止めた。
「やり方は間違っているが、もうすぐ署から応援が来る。変につついて子供に何かあったらことだ。子供の身が一番だ」
そう言って状況を冷静に見つめた。勿論、男が本当に子供を害しようとしたら達樹は胸元に備えている銃を使う覚悟は決めていたのである。
だが、男性は明里に顔を顔を向けると
「……それ、本気で言っているのか?」
と向いて聞いた。
女性は驚いて
「何バカいってんのよ!!」
と叫んだ。
明里は冷静に
「子供は解放してくれますね?」
と告げて、男が頷くと女性に向いて
「貴方が謝罪をして話し合えばいいです」
と告げた。
「子供が何より大切なんですよね?」
女性は腕を払って駆け出すと
「いやよ!! どうして私が子供の代わりに人質にならなきゃならないのよ!!」
と叫んだ。
男性は顔を歪めると
「お前って女は……子供が可哀想じゃないか!」
と怒鳴った。
女性は明里を睨むと
「大体、あんた、本当に警察官なの!? どっちの味方なのよ!! 私は被害者よ!!」
と叫んだ。
明里はそれに
「そもそもはあんたが300万をだまし取らなかったらこんなことにならなかった!! あんたがたかがと言った300万が彼にとってどれほど価値があったか。あんただってたかがならどうして直ぐに返さなかったんだ!! 立派な詐欺罪だ!!」
と強い口調で告げた。
「あんたがここで言ったことは俺たち全員が聞いている。その内容からも詐欺罪がちゃんと適用される」
女性は座り込むと
「ちくしょう!!」
と叫んだ。
男性は呆れたように息を吐き出すと子供を連れて家を出た。
「こんな女に俺は……俺はバカだ」
そう言って顔を伏せた。
明里は男性の前に立つと
「俺は彼女の逃げ得にはしません。でも貴方のやったことも罪です」
子供さんにどれくらい心の傷を作ったか考えてください、と告げた。
男は苦く笑むと小さく頷いた。
男と共に出てきた少女は不意に警察と共に姿を見せた足を少し引き摺っている男性を見ると小さく足を踏み出しかけて手前で立ち止まった。
男性は笑みを浮かべると足を踏み出して子供の元へ行くと抱きしめた。
「一緒に暮らそう」
女性はそれを一瞥すると
「子供がいれば楽が出来ると思っていたのに……そいつの養育費は雀の涙だし、子供なんて渡してもっと金の持っている男を引っ掛けて結婚すれば良かった。そうしたら良い生活が出来たのに」
と顔を歪めた。
明里は男性を見ると
「お子さんにいうことありますよね?」
と告げた。
男性は少女を見ると頭を下げて
「その……怖がらせて悪かった。すまなかった」
と告げた。
彼女は暫く父親にしがみ付いていたがそれに顔を背けたままだが
「ごめんなさい、お母さんが……お金を取って」
と小さく呟いた。
女性は顔を伏せたまま駆け付けた警察官に連れられてパトカーへと乗り込んだ。男性もまた違うパトカーへと連行されたのである。
人々はざわめきながら立ち去り、警察の鑑識が女性の家から遺留品を採取し始めたのである。
息を吐き出した明里に竜次は
「すげぇな。俺にはあんなことできないぜ」
と告げた。
明里は首を振ると
「やり方としては間違ってると思うけど……たかが300万って言い方が……きっと彼にとっては結婚のための大切なお金だったんだと思う。確かに子供の命が最優先だけどきっかけを作った彼女が唯の可哀想な被害者にするのは違うと思ったんだ」
と告げた。
POL033はそれを見て
「私の出した答えでは……どちらも救えなかったということですね」
と小さく呟いた。
達樹は笑むとそっと
「AIだからと正しい答えが何時もある訳じゃない。AIも学び、人も学ぶ」
と呟いた。
「竜次、瀬野、POL033……いつか真実を知ってもお前らなら大丈夫だ」
明里はPOL033を見て笑みを浮かべた。
「俺は竜次やPOL033の言葉もあってると思う。俺の方法じゃもしかしたら最悪のことになってたかもしれないし」
POL033は綺麗に笑むと
「正義とは……本当に難しい」
と答えた。
明里は達樹の元へ竜次とPOL033と共に戻りパトカーへと乗り込み巡回へと向かった。
日頃の観光客で人通りの多い倉敷だが、この頃になると観光に来ていた人々の姿は気付かない内に減り、世界では紛争の火が想定以上に激しく広がろうとしていたのである。その火柱は日本の頭上にも上がろうとしていた。
運命の時が近付いていたのであるが、それを知っている人はいなかった。




