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POL 終末のロボット警察官  作者: 如月いさみ


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20/37

大社広域交番 6

 輝く太陽が周囲の色彩を浮かび上がらせる。


 大社広域交番署長の神ノ宮尊は三階建ての交番建物の三階部分から5m先の門を見下ろし冷静に

「取り締まろうと思えばできる。でも……」

 気持ちはわかる。と小さく呟いた。


 彼の隣に並んで立っているPOL032こと速水隆二は

「しかし、元々反感を持っていた奴等だからな、暴動になるかもしれないな」

 と腕を組んで告げた。

 

 門前で大きな声で『偽署長聞いてるのか! シェルターから出たら好き勝手しやがって!!』『てめーらだけ儲けようっていうんじゃないんだろうな!!』と4名と小さく腕を上げている3名ほどの集団を見つめた。


 いま大社広域交番内部には15名ほどの警察官がいる。確かにどうにかすれば7名を黙らせることは出来る。

 だが例えば騒乱罪として逮捕しても彼らを留め置く留置場が使えないのである。いや、場所はある。寝床だけはあるが彼らが口にする食べ物や水がないのだ。

 それに、そう……気持ちは分かるのだ。


 2年前に世界で『終末戦争』が勃発しシェルター生活を送ってきた。

 尊は元々この大社広域交番の署長だった兄の代役として成り代わって署長を務めてきた。

 

 漸く一か月ほど前にシェルターから出て生活を始めたが出雲大社周辺……いや島根県自体が無くなってしまっていた。まだ他の地域へ行けていないので分からないが、日本や世界が無くなってしまっている可能性もある。

 その上でシンチレーション式放射線量測定器を利用して土と水の放射性物質の含有量を調べると土は表土を払い問題のないレベルまで落とせたが、水は飲む事もそれを利用して農業をすることも人体に影響が出るだろうと判断できるものであった。


 元々、医師であった尊の見立てでは水を利用するには含有量を減らすためのろ過装置が必要だと判断するしかなかったのである。


 だが、水が汚染されたままだと告知すれば水なしでは生きていけない自分たちがこの先を生きて行けるのか? と考えて自棄になって自殺や事件を引き起こす人が出るかもしれない。


 自らが罵られても真実を言えないところがそこにあった。


 尊は息を吐き出すと

「仕方がない」

 と踵を返して屋根は吹っ飛び壁も青空が見える程度に半壊している広域交番の署長室を出て階段を下りた。


 電灯は点いておらず瓦礫が散乱する廊下を進んで巡回の準備をしている交番内の全職員が集う会議室の中に入ると

「外での騒ぎに全員気付いていると思う」

 と告げた。


 制服を着て準備をしていた全員がすっと窓の方に視線を向けた。ぎゃぁぎゃぁと騒ぐ声が響いている。7名と言えど所謂デモクラシーと言うモノだ。


 生き残った人間はたったの50名。

 人々と大社広域交番との関係性はそれほど悪くなかったし、今も彼ら以外の人々との関係性は保っている。


 だが、農業禁止という点で今はズレが生じているのである。


 警察官の中の一人である宮前青子が肩を竦めながら

「妹尾さん一派と太田さん一派ですね。相変わらず元気なものですね。あの人たち配給しなくても大丈夫なんじゃないんですか?」

 と少し呆れ気味に冷静に答えた。

 隣に立っていた門野相馬は顔を顰めると

「うっわ、きっつ」

 と思わずこぼし、ちらりとみられて口を噤んだ。


 彼の反対側の隣に立っていた本田顕は肩越しに斜め後ろを見て

「お前のおやっさんも来ているみたいだな」

 と告げた。


 中村裕助は項垂れるように頷いて

「ああ、声が聞こえるからな」

 とがっくしとぼやいた。


 それには全員が苦笑を零すしかなかった。迷惑はしているし、もっとことが大きくなったら権力の大ナタを振るわなければならないだろうが、今はそれなりに彼らがデモクラシーをする理由もわかるので所謂『大目』に見ているのだ。


 宮前青子は小さく苦い笑みを浮かべて直ぐに尊に視線を移すと

「署長、私も気にはなっていたんですがどうして農業を禁止されているんですか?」

 と聞いた。

「土地も水も十二分にあります。まして農業用の種もあるのですから作物を育てることを解禁すれば問題は簡単に解決すると思われますが」


 いま外で騒いでいる男たちの主張はそこにある。全員が尊を見た。そういうことだ。どちらかと言うと主張的には署長である尊よりもデモクラシーをしている7名の方に軍配が上がっているのだ。


 尊は集まる視線を受け止め

「あと3年は全員で分かち合えば食べられるだけの量が備蓄されている。2年はこの状態を続けるつもりだ」

 と答えた。


 門野相馬は何か話がかみ合っていないと思い

「だから何故かって宮前巡査は聞いているんだと思うんですが」

 と告げた。

「種を配って食料を作れば配給しなくて済むし、あいつらも押し掛けてこないし万々歳だと俺も思うんですけど」


 それに準備を整えた一番年配の富健吾が笑って

「署長、本当のことを言ったらいいと思いますぜ」

 と言い

「外に向けて言えばパニックになるがみんな署長のことは信用しているし覚悟も決めている。この大社町の人びとのことと理解すれば今以上に懸命になってくれる」

 と告げた。


 門野相馬と宮前青子は同時に

「「我々も聞きたいですけど」」

 と心で突っ込んだ。


 他の面々も同じように尊を見つめた。全員、聞こうという気持ちを持っているようである。


 尊は息を吐き出すと

「くれぐれも……口外しないようにお願いする」

 と言い全員を見回すと

「いま野菜を育てても食べることは出来ない。いや食べることが出来たとしても食べた人間は早くに死ぬ」

 癌になる可能性が高い、と告げた。


 全員が一瞬ざわっとざわめきかけた。


 瞬間に富健吾が

「おいおい、警察官がここで揺らいじゃぁダメだろ」

 お前ら早すぎだ、と一際大きな声で揺らぐ彼らを抑え込んだ。


 尊は笑みを浮かべ

「確かに大気は正常に近い状態になった。だが大地と水にはまだ汚染が残っている。土は表土を払ってかなり安全にはなったが水はまだだ」

 と告げた。

「知らずにそれを摂取し続けたらせっかく多くの我々の先人が助けてくれたこの命を無駄にすることになる」


 ……我々の仕事は人々の命と生活を守ること。それが警察官の役目である……


「今は憎まれても2年の間に食料自給問題は解決しようと思っている。それまでは自由に農作はさせられない。未来への種子を無駄には出来ない」


 正に生命の危機と言うことだったのである。しかしそれを言うと速断して地球上では生きていけないとパニックになる人もいるだろう。今ここにいた15名ほどの警察官の中でもざわめきが起きたのだ。


 一般の人間だったという話であった。


 宮前青子は唇に指先を当てると

「そういうことだったんですね」

 と呟いた。


 門野相馬は腕を組んで

「なるほどな、でもアレから2年で……あと2年で綺麗になるとは思えないですけど」

 と告げた。


 後ろに立っていた小宮繭美が

「そこは署長たちにお任せしましょ! 私たちのするべきことはこれ以上混乱が起きないようにすることと巡回でただでさえこんな状態なんだから事件が起きないようにすることよ」

 と告げた。


 彼女の隣に立っていた佐々木光男が

「そうだな」

 と答え、敬礼すると

「では今日の待機班があそこで騒いでいる人たちを鎮圧することにして通常通りに配給準備と巡回を行います!」

 と告げた。


 富健吾がふっと笑うと

「うちの交番は出来る奴が揃っているな」

 と告げた。


 尊は敬礼を返すと

「ではそれぞれの任務を遂行するようにお願いする!」

 と告げた。


 そして、全員が敬礼して足早にフロアを去っていくのを見送り速水隆二と二人になると尊は

「……まさかこんなことになるなんて思っていなかったからな」

 と呟いた。

「ただシェルターを計画した人間はそれを見越して作ってくれた。シンチレーション式放射線測定器なんて普通は置いておかないだろう」

 そう肩を竦めた。


 速水隆二は尊を見て

「その結果として水と大地の汚染が分かって毒を口にしなくて済んだが、食糧問題は何れ大事になる」

 と告げた。

「腹が減っては戦は出来ぬというが、実際は腹が減ったら戦が起きるだからな」


 尊は彼を見ると

「シュールなジョークだな」

 と苦く笑って

「一応、対策は考えている。水はタンクに溜めてろ過してその後に粉末活性炭と塩素で除染できる」

 と言い

「その除染装置を作成して、そこからだと考えている」

 と告げた。

「気になっているがシンチレーション式放射線量測定器があった地下2階だ。シェルターの中で2年生活してきたが地下スペースは緊急性の高いモノがないと判断して調べなかった。シンチレーション式放射線量測定器を置いているくらいだ。探索する必要がある」


 隆二は彼を見ると

「除染用装置をさがすということか」

 と聞いた。


 尊は頷いて

「恐らく放射線測定器を残していた人が設計したんだ。あると俺は思う」

 と告げると

「だがかなり広いし電灯が使えるかどうか今は分からない。使えなかった場合の計画と方法を考えないと遭難する」

 と歩き出すとフロアを出て三階へと向かった。


 門では待機班の本田顕と中村裕助が詰めかけている男たちの説得にあたり、配給の時間も近いことからバラバラと散り始めていた。

 元々、配給が始まると追い払わずともデモは収まるのだが、流石に助かった人間全員がデモにやってくるとこの広域交番でも対処をしなければならなくなるので小さない内に解散させることが得策なのである。


 尊は息を吐き出し

「だが、抗争で怪我人が出る前に話をした方がいいのか?」

 とも考えていたのである。


 パニックになって自殺しようとする人間が出たりすると本末転倒だと口外はしていなかったが万が一にも警察官と一般の人々が抗争になってはこれまで良好な関係を築いてきたのに取り返しがつかないことになる。


 今や一人一人が大切な人材なのだ。失うわけにはいかなかった。

 

 しかし、その尊の危惧は数日後、現実となってしまうのである。

 その日は朝からやはりデモがあり尊も隆二もいつも通りに三階からその様子を見つめていた。


 2年の人間の活動が地球表面上から消え去ったことで日本の大地にこれまでと同じ季節が訪れており、当初の頃よりは同じ時間なのに太陽の位置は低くちょうど夜明けと言うくらいの時間であった。


 その騒ぐ人々の間を無理やり割って一人の女性が門から叫び始めたのである。

「助けてください!!」


 それに尊と隆二は顔を見合わせて慌ててフロアを出ると階段を降りかけた。が、その前を今日の待機班である富健吾と多田安男と中村裕助と本田顕の四人が駆け下りていたのである。


 尊は富健吾を見ると

「富さん!」

 と呼びかけた。

 それに富健吾は下りながら

「署長! 中村の嫁さんだ! 連れてくるので待っておいてくださいよ!」

 と端的に答えた。


 尊と隆二は顔を見合わせると会議室へと向かって窓を見ている面々を目に

「中村巡査長の奥さんだという話だが話は聞いているか?」

 と聞いた。


 それに宮前青子が振り向き

「いえ、声が響いて中村さんが驚いて窓に駆け寄って『実久だ』と言って走り出して私たちも行こうとしたんですけど富さんが配給とか役目があるからその準備をしていろと後を追いかけて」

 と告げた。

「取り合えず私と門野が朝のA配給を中村さんと本田さんの代わりに行います」


 門野相馬が敬礼した。


 尊は頷いて

「わかった、宜しく頼む」

 と答え

「他の者も後の対処は俺と副署長でする。巡回と配給を行ってくれ」

 と告げた。


 その時、多田安男が駆け上がってくると

「署長……確か、署長はいしゃでしたよね?」

 と息を吐き出しながら告げた。


 尊は頷き踵を返すと

「怪我人か?」

 と聞いた。


 多田安男は頷くと

「はい、中村の父親である中村裕次郎さんが住宅テントからここへ来る道中で倒れているそうです。頭を打撲していると」

 と告げた。


 尊は頷くと隆二を見て

「速水、ここの指揮を頼む」

 と言うと駆け出した。


 隆二は敬礼すると

「了解」

 と答え、部屋の中で

「よし、変更はA配給のみだ。後はローテーション通りだ」

 あと鑑識班の松村と原田は署長の後を追ってくれ。と呼びかけた。


 松村加代子と原田樹は敬礼して簡易な道具を手に駆け出した。


 他の面々はそれを見送り、準備を整えて列に並ぶと敬礼した。

 隆二も敬礼し

「では、朝の任務開始!!」

 と告げた。


 全員が「「「「はい!」」」」と答え、蜘蛛の子を散らすようにフロアを飛び出していった。

 

 尊は富健吾と多田安男に担架の用意を指示して中村裕助の妻である中村実久の案内を受けて中村裕助と本田顕と先に向かった。とにかく怪我の具合と救命が優先であった。


 その様子に他の面々も後を付いて現場に着くと、直後に駆け付けた松村加代子と原田樹に止められて遠巻きに見つめた。

 現場は大社広域交番を出て前の道を左手に真っ直ぐ進み中村家の住宅テントがあるA地区の手前のちょうど倒れた木と生え始めた木々で死角となっている道の脇の草むらであった。


「大丈夫ですか!?」

 尊はそう呼びかけて頭を抑えながら身体を起こそうとしている中村裕次郎の横に膝をついて身体を支え

「無理に起きないでください」

 と告げた。

「いま担架で交番の治療室へ移動いたしますので」


 中村裕次郎の意識はあり命に別状はなかった。しかし、頭のことなので広域交番に止めている救急車内で治療を行い、数日様子を見ることにしたのである。


 問題は……何があったかと言うことである。


 彼が倒れていた場所は足を滑らせたり転んだりするような場所ではなかった。しかも年齢的にも60歳で心身ともに問題はないということであった。


 誰かが彼を故意に突き飛ばして草むらの石に頭部を打ち付けたのではないか、という疑惑が交番内外で広がっていた。


 50人しかいない中で互いに疑心を抱くような状態は問題であると判断した尊は午前の配給と巡回を終えて戻ってきた面々を含め現場で遺留品採取を行っている松村加代子と原田樹以外全員を会議室のフロアに集めると

「配給を滞らせることは出来ないので午後の配給担当の中村と本田は配給を行うように」

 と言い

「あと多田と富さんは昼食後に俺と同行して中村裕次郎から状況を聞いてそのまま現場で周辺の聞き込みを頼む」

 と告げた。

「後は宮前と門野は鑑識の松村と原田が遺留品を採取して戻ってきたら情報の共有の報告を頼む。小宮と佐々木は交番で待機して何かあったら直ぐに連絡を」


 それに全員が敬礼した。


 尊は昼食を終えると治療室で身体を休めている中村裕次郎の元へ行くと

「今回のケガの事ですが」

 と告げた。


 中村裕次郎は笑うと

「いやぁ、申し訳ない。転んだんですよ」

 と答えた。


 それに多田安男は息を吐き出した。現場には争った足跡もありどう見ても『一人で転んだ』とは見えなかった。その時、上で指揮を執っていた隆二が姿を見せた。

「署長、少し」


 それに尊は頷くと

「悪いが多田と富さんお願いする」

 と踵を返した。

 が、隆二はチラリと中村裕次郎を一瞥して

「まだ?」

 と聞いた。


 尊は頷いた。

「いま聞いている」

 

 隆二は全員を見回して

「もうここで言うか」

 と言い

「いま門のところで警察が自分たちの邪魔をするために中村裕次郎を襲ったって騒ぎが起きている」

 と告げた。


 多田安男と富健吾も尊も軽く息を吐き出した。

 中村裕次郎は驚いて顔を向け俯いた。

「本当に……転んで倒れただけで……その……俺が話を付けてくる」

 そう言って起き上がりかけた。

 が、尊はそれを止めると

「いまはまだ安静にしておいてください」

 と言い

「まあ、こちらは問題ありませんので」

 本当のことを話していただけると助かりますが、と多田安男と富健吾を見て頷くと

「代わりを連れてくるので」

 と頷くと立ち去った。


 そして部屋を出ると

「怪我の具合から怪我をして間もない状態だった」

 と言い

「多田と富さんには中村の奥さんに話を聞いてもらうか」

 と告げた。


 隆二は尊を見ると

「やっぱり、お前も彼女を?」

 と聞いた。


 尊は息を吐き出すと

「中村の父親が自分で転んだといった時点でな。まあ多田も富さんも気付いたと思うからその辺りは二人が上手くやってくれるだろう」

 と告げた。

「しかし、きっと原因はデモだろうな。本当のことを言うか」


 隆二は尊を見て

「混乱したら?」

 と聞いた。


 尊は肩を竦めて

「食料自給できる方法はあるとも付け加える」

 と告げた。


 隆二は頷いて

「もう一つ、信じなかったら?」

 とあるある状況を付け加えた。


 尊は苦く笑って

「仕方がない、好きにやらせるか? 全員早死にするだけだがな」

 とこれまた絶対にない選択を付け加えた。


 二人は互いに笑むと足を進めた。

 会議室では既に松村加代子と原田樹が戻っており写真などを宮前青子と門野相馬に見せて報告をしていた。


 以前のような器具や薬品がある訳ではないので精々写真を撮ったり制度の低い指紋採取ぐらいである。が、今は生存している人間も物自体も少なく、何よりも経済と言うモノがほぼ存在していないので計画犯罪が起きる可能性はかなり低い。


 それが救いであった。


 宮前青子はフロアに入ってきた尊と隆二を見ると

「あの」

 と言うと

「現場には二種類の足跡しかない状態で……一つは倒れていた中村裕次郎さんが履いていたものとみられます。もう一つは調べなければわかりませんが状況から考えると」

 と告げた。


 現場には二つの足跡のみ。つまり、現場に存在出来たのは二人だけなのだ。2-1=1と言うことである。その1というのは彼の救いを求めてきた人物と言うことになる。


 それに関しては尊にしても隆二にしても想定は出来ていた。中村裕次郎が反発している警察官を庇うことはしないだろう。庇うとすれば身内である。そして、あの時に彼を救うために駆けてきた女性、中村実久しかいない。


 尊は宮前青子と門野相馬を見ると

「もうすぐ多田と富さんが戻ってくる。お前たちは資料を纏めておいてくれ」

 と告げた。


 二人は敬礼すると頷いた。多田安男と富健吾は尊から指示を受けた後に足で中村宅へ行き、息子の裕太を仮の学校に送り出して落ち着かない様子で義父が戻った時に横になる布団を用意していた実久に話を聞いた。


 彼女は泣きながらあっさりと全てを話した。

「私、お義父さんが嫌いじゃないんです。とても優しくて私や裕太や裕助さんのこと考えてくれていて……デモに行くのも裕太に自分の作った野菜やコメを沢山食べさせたいってことからで……でもでも」

 裕助さんがそれで警察内で肩身の狭い思いをしていたらと行くのを止めようとして、と告げた。


 富健吾は彼女の肩を優しく撫で

「それは全員分かっていますよ、中村は良い警察官だってこともね。誰も責めたりしていない」

 と言い

「署長も今回のことで心を決めたと思いますんで、貴女はちゃんと話をしてください」

 と彼女を連れて交番へと戻った。


 表向きは第一発見者としての話を聞くためだとしたのである。


 会議室の隣の小さな部屋で尊は彼女から話を聞き

「幸い中村裕次郎さんのケガは大したことが無かったので親告罪は彼から申告がないと逮捕できないですし、彼は転んだとしか」

 と笑み

「何か悩みがあれば行動をする前に相談してください」

 と告げた。

「こうして貴女が苦しみ続けないためにも」


 彼女は頷き中村裕次郎の元へと行くと反対に中村裕次郎の方が大きく頭を下げて謝った。

「申し訳ない! 俺が……愚かだった」


 それに彼女は首を振ると

「違います! 私が……ごめんなさい。お義父さん」

 と謝った。


 中村裕助は配給を終えて戻ると事情を聞き

「俺が二人にちゃんと話をしていれば」

 と告げた。


 中村裕次郎は家に帰る前に

「デモに参加している人間の多くは俺と同じ気持ちで……ただ……声を掛けている妹尾さんは他の地域で商売が出来るし色々良いモノを手に入れられるだろうと言って回っている」

 と告げた。

「その……他の地域は農業できているのにここは何故ダメなんですかね?」


 尊はそれに厳しい表情を浮かべ

「他の地域については我々もわかりません」

 と答えた。

 中村裕次郎は驚いた表情で

「え?」

 と尊を見つめた。


 尊は彼を見つめ返し

「明日の朝……お話いたします」

 と告げた。


 翌朝、尊は署員全員に大社広域交番前へ全ての人を集めるように指示を出した。

 空は青く広がり太陽が地上を照らし出している。緑は崩れた木々の間から背は低いものの伸びていくだろうという希望の姿を見せていた。


 天井のない大社広域交番の前に15名の警察官と35名の人びとが集まり交番の前に立つ尊を見つめていた。中には中村裕次郎と中村実久と中村裕太もいて視線を向けていた。


 尊は全員を見回し

「先ずこれから先も絶対に我々は生きていけるということを確信してもらいたい」

 と告げた。


 全員が顔を見合わせた。何を言い出したのか分からないという具合である。


 尊は息を吐き出し

「我々、警察が農業を禁止している件で反発も起きている」

 と言い

「反発する皆さんの気持ちも我々は理解しておりますが、いま農作物を育てても口にすることは出来ません」

 と告げた。


 それに妹尾牧夫は拳を握りしめて睨みつけ、横目で隣に座っている加賀信二を見て頷いた。

 加賀信二は立ち上がると

「それは警察が権力を握って我々を支配しようと思っているからだろう!!」

 と怒鳴った。

「みんな!! 騙されるんじゃないぞ!」

 妹尾牧夫がゆっくり立ち上がり

「配給している間は我々は警察の言いなりだ。その状況を長引かそうとしているだけだろう」

 と指をさして告げた。


 太田幸村も頷いて

「それならば、誰も納得できないですな」

 町内会代表として見過ごせん。と告げた。

 妹尾牧夫がそれに

「言い出したのは我々農会だ」

 と告げ、互いに睨みあった。


 それに宮前青子は肩を竦めて門野相馬に

「あの三人……相変わらずね」

 と告げた。


 富健吾は腕を組むと

「いやはや、たった50人でもこういう派閥闘争ってのが起きるっつーのは何処までも人間は強欲だって証明だなぁ」

 と苦く笑んだ。


 尊は声が響くのを気にした様子もなく

「いまの大地と水はまだ汚染されている。特に水は基準値を大きく上回っている。その水で野菜を育てると更に濃縮されて食べた人間の体内に溜まり……恐らく10年以内に癌を発症し全員死ぬことになる」

 と告げた。

「シェルターの中にはありがたいことにシンチレーション式放射線測定器があり調べたら、そういう結果が出た。大地は表土を払ってかなり落ちたが水は何もせずに使うことは出来ない」


 誰もが目を見開くと

「え!? ま、さか」

 と息を飲み込んだ。


 全員が顔を見合わせて顔を歪めてざわめきを広げた。このままでは危惧していた通りに混乱を起こして先を絶望し死ぬ人間が出るかもしれないのだ。


 尊は署長だった兄の姿を思い出すと強く拳を握りしめた。

 ……兄さんのように……


 尊はざわめく人々を見つめ強い口調で

「我々は運が良かった!!」

 と叫んだ。


 騒めき始めた人々は驚いて尊に再び視線を戻した。


 尊は彼らを見つめ返し

「シンチレーション式放射線測定器を用意するほどの人物がシェルターの設計に関わっていたということは間違いなく除染装置若しくは除染に必要な資材もあるということだ! 近い内にそれを探すためにシェルターの地下を探索する予定である。食料は分かち合えば3年は十分生活できる。2年を目処に農業復活を我々は考えている」

 と告げた。

「近い内にだ。それまで農業再開を待ってもらいたい」


 中村裕次郎は驚きながら息子の中村裕助に顔を向けた。中村裕助は笑むと静かに頷いた。中村裕次郎は顔を伏せると「申し訳ない」と小さく呟いた。隣に座っていた中村裕太と実久は優しく彼の手を握りしめて笑みを返したのである。


 尊はそれを見て笑みを浮かべ

「必ず再開させるので今しばらく配給で我慢してもらいたい」

 と告げた。


 それに一部の人間以外は安堵に似た笑みを浮かべたのである。翌日からデモを行う人間はいなくなったが、反論に立った妹尾牧夫と太田幸村がそれぞれの派閥の人間である農会からは加賀信二と町内会からは藤原昌吾を地下探索の際に参加させてもらわないと信じられないと言ってきたのである。


 尊はそれを了承し

「認めなければ彼らの考えは変わらないだろう」

 と隆二や他の面々に告げた。


 シェルターの地下探索の日取りが決まったその前日の夜半に妹尾牧夫は加賀信二と山川奈緒の兄の育雄を住宅テントに呼び寄せ

「良いか、もしも、奴が言ったことが本当で除染装置が見つかったらどんなことをしても良いから手に入れろ。俺たちが一早く農業を開始して食べ物を作れるようになれば全員が俺達なしでは生きていけなくなる」

 と言い

「それに農作物が作れるようになれば他の地域も同じ状態なら金儲けも出来る」

 と告げた。

「金が入れば他の奴に農作物を作らせて俺たちは遊んで暮らせる。山川も今回はちゃんと働いてもらうぞ。農会の為だ」


 加賀信二の視線を受けて山川育雄は小さく頷いた。


 同じ闇の中で富健吾は空が見える署長室で尊と隆二に

「明日、きっと農会と町内会の奴等動きますぜ」

 と告げた。

「ったく、未だに終末戦争前の価値観を引き摺ってきているっていうのはある意味羨ましいというか」


 隆二は苦く笑むと

「もう硬貨も札も鼻紙の役目もしないんだけどなぁ」

 と言いかけ

「あ、札は辛うじて鼻はかめるか」

 と笑った。


 尊は苦笑して

「速水」

 と言い

「種も除染装置も生き残った全員の未来だ。絶対に渡すことはしない」

 と告げた。

「だが我々も気を付けなければならない」


 ……警察の役目は人々に尽くし、人々を守ること……

「そのために正義の盾として自身を律する必要がある」


 尊は綺麗に笑むと

「我々に未来を託してくれた鳥取県警や出雲警察署の先人たちから受け継いだその心を裏切ることは出来ない」

 と告げた。


 ……俺に未来を託してくれた兄の為にも……


 富健吾は笑むと彼の肩を叩き

「だから俺はあんたも署長さんも好きなんだ」

 と言うと

「まあ、地上でのフォローは俺とダークジョークの好きな副署長に任せておいてくれ」

 と踵を返すと立ち去った。


 隆二は目を見開くと

「ダークジョークって俺はハッピージョークスキーなんだけどな」

 と肩を竦めつつ

「だが万一の時は俺は間違いなく地下に飛び込む」

 神ノ宮尊、あんたは俺のマスターだからな、と告げた。


 尊もそれに驚いて目を見開き長く忘れていたが彼がロボット警察官であることを今思い出したのである。

「速水、お前」


 POL032こと速水隆二は笑みを浮かべると

「俺たちは何の意味もなく一人の存在に付けられたわけじゃない」

 と告げた。


 驚く尊の頭上では圧倒するような無数の星が輝き、その中を美しい天上の星の川が流れていた。


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